洗脳の恐怖 (2003.6.23)

「気にするな」という言葉がある。何を、気にしなければいいのだろうか。気を使わなくていいという意味だろうか。

 電車やエレベーターでは、乗る人より降りる人の方が先というのがエチケットだ。もしそれを無視すれば、出入り口は混乱するだろう。電車は、決まった時間に次の駅に着かなければならない。エレベーターは、決められた秒数が経過すると閉じてしまう。みんながさっさと降りてくれなければ、このシステムが守られない。だからそんな暗黙の了解事項ができているのだろう。それは乗る人にとっても同じではないかという反論がふと浮かんだが、乗る方が先だと降りるに降りられない。だがそれを「気にしない」人が実に多い。つまり、降りる人を待たずに乗り込もうとする輩である。ドアが開くと、真ん中のすぐ目の前に立っている。

 道を歩いていると、擦れ違い様に咳払いをしていく人や、何やら小声でぶつぶつつぶやいていく人がいる。どうしてそんな失礼な行為を、平気でできるのだろう。私は、自分がやられると不愉快な事は、他人にはしないように気を使っている。

「気にするな」という言葉が「気を使わなくていい」という意味ではないことは明らかである。「ああいやいや、気を使わなくていいですよ」と言われても、気配りをすべきであることは、日本人に生まれてきた以上常識であろう。

 少しくらいの失敗でくよくよするなということだろうか。それならいい。前向きな解釈だ。私がここで問題にしたいのは「怒られても気にするな」、「不愉快な事があっても気にするな」といった使われ方をする場合である。それは、頭にきても仕方がない出来事に対して、怒るなと言っているのだ。悲しいことがあっても泣くな、くやしくても平然としていろ。これは一種の洗脳ではないだろうか。だがこれができなければ、大人として良好な人間関係を保てない。

 現在は太古の昔とは異なる。本能をむき出しにしていいはずがない。そのためには子供の頃からの洗脳が必要だ。こうして人は社会に適合した者となっていく。

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 例えば今ここに、母親をひどく嫌っている青年がいるとする。反抗期なのかもしれないし、幼少期に受けた心の傷がトラウマとなっているのかもしれない。現代ではありがちな事だ。彼は一人暮らしをしている。友人とのコミュニケーションは、学校での会話、もしくは携帯電話やパソコンでのメールである。電話は、母親からしかかかってこない。

 彼はそれがうざったいので、電話機の音量を0にして、呼び出し音が鳴らないように設定してある。ところが不思議なことに、彼は留守録だけはONにしてあるのだ。留守番電話の録音機能をOFFにする、赤く光っているボタンさえ押せば、彼は母親の呪縛から逃れられるのだ。にもかかわらず、彼はそれを押すことができない。なぜこのような事態が起こるのだろうか。

 人は子供の頃、言うことを聞くように親から潜在意識にインプットされてしまう。なにしろ潜在意識下にこびりついている事象であるから、それは容易には剥がれ落ちない。これも一種の洗脳である。子供の頃受けた親の教育は、大人になっても頑固に意識の奥にある。お子さんをお持ちの方は注意して頂きたい。人の心について書かれた本を読むと、母親の過保護過干渉と父親の精神的不在が子供に悪影響を及ぼすそうだ。精神的不在とは、実際にはいるのに精神的にはいないのと同じという意味だ。子供に自分で決めさせず、冷蔵庫の中の何を飲ませるかまで決めなければ気が済まないお母さん、息子とではなくテレビの野球中継と会話をし、休日にはゴルフやテニスを楽しんでいるお父さん、ご用心を。

 私が洗脳についての本をいくつか読んだのは、ずいぶんと前の話だ。某宗教団体がニュースの話題としてちょくちょく登場するようになる以前だ。寒い国で、罪を犯していない人を牢屋に入れる。軍の偉い人物が時々呼び出して、話を聞く。ただ聞くだけだ。何かを白状させたいわけでも、なんでもない。そして言うのだ。「まだ君をここから出してあげることは、できそうにないねえ」

 その人は徐々に凍傷になっていくが、ずっとこの調子である。彼は、自分のこんな所がいけないのではないか、あんな所がいけないのではないか、と、勝手にどんどん自分を悪者にしていくのだ。

 私は、大企業にもこういった性質があると思う。「問題点は自分で見つけるべきだ」、「言われたことしかできない人間は役立たずだ」。

 そして、親切に教えてくれる先輩は少ない。下手に聞くと怒られるので、聞けない。聞いてもいいのは新人のうちだけだ。

 どことなく先に挙げた例と似ていないだろうか。「答を教えない」という方法によって、徐々に洗脳するやり方だ。相手がどうしてほしいのか、一生懸命考えるようになる。

 北朝鮮の子供達が、ロボットのような正確な動きで踊る様子について、その不気味さが最近よくニュースで取り上げられる。程度が軽いもののそういう教育が日本の小、中学校でも行われていると感じるのは私だけだろうか。

 洗脳に興味を持ち、もっとましな話を読みたくなった方がもしいたら、「自己開発セミナー」や「MKウルトラ」で検索してみるとよいと思う。そこまでしなくても、「時計仕掛けのオレンジ」、「1984」といったビデオを借りてきて見てみるのも良いと思う。

 19の後が思い出せず、検索して調べるのにずいぶんと時間がかかってしまった。


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