前に「あの世はないが神様はいる、という考え方があってもいいのではないか」と書いた。しかし、やはりあの世は信じないくせに神様の存在を信じるのはおかしいのではないか？　という気がしてきた。

　この場合の神様というのは、個々の人間に幸せを与えたり、不幸を与えたりする者である。どうもよくよく考えると、神様は不幸しか与えていないように思えるのだ。

「人生」という単位で考えるから、大きな幸福が舞い込んだり、すごい不幸が起こったりするような気がする。しかし、「生活」という単位で考えるとどうだろうか。人生は生活の連なりである。誰も、明日突然大成功を収めたり、交通事故にあうなどとは思わないだろう。つまり、「生活」のレベルで考えると、幸せも不幸せも、ささやかなものなのだ。「人生には楽しい事もあれば、嫌な事もある」などと言われるが、生活のレベルで考えると、どちらもささいなものだ。問題なのは、楽しいことは、大きな事であれ小さな事であれ、自分の努力なしではあり得ないということだ。

　生活の単位で考えると、楽しい事なんて「テレビゲームが楽しかった」、「テレビを見て面白かった」、「友達としゃべってうれしかった」といった程度のものだろう。まだ社会人になっていない人は別として、普通テレビゲームは買ったからできるのだし、テレビは電気代を払っているから見られる。その金は働いて稼いでいる。友達としゃべるのだって、コミュニケーションの努力が必要だ。これらの楽しみは神様が与えてくれたものだろうか。そうじゃない。自分で努力して得たものだ。こんな小さなことでさえそうなのだ。ましてや大きな成功をつかむには自分の努力が必須だ。

「天は自ら助けるものを助く」なんて言うが、自分で努力して救われろというのであれば、神様はいったい何の役に立つというのだろう。では、宝くじが当たった人はどうなのか。神様があわれに思って、その人に宝くじを当てさせてあげたのだろうか。これは単に確率の問題であって、宝くじを作る人がいんちきをしていなければ、誰かが当たるのだ。神様がいようがいまいが、誰かに当たる。つまり、神様と宝くじの間に因果関係はない。

　では嫌なことはどうなのか。確かに、自分が何か悪いことをしたから、嫌な目にあうということもあるだろう。しかし、みんなそれで納得できるだろうか。ラーメン屋のおばちゃんがスープに指を突っ込んで持ってきた。お前のせいだ。タクシーの運転手が感じ悪かった。お前のせいだ。すぐ近くの公園で子供達が野球をやっていて、飛んできたボールが家の窓ガラスを割った。そんな所に家を建てるお前が悪い！

　んなわきゃーない。生活のレベルで考えると、むしろ自分は悪くないのに嫌な目にあうことの方が多いのではないか。神様の存在を肯定してしまうと、「神様が自分を罰しているのだ」と考えてしまう。

　いい事は自分で努力しなければ起こらないのに、悪い事は何にもしなくてもいくらでも起こる。もしも神様が個々の人間の運命を管理しているのであれば、神様はなんて意地悪な奴だろう。

　現実的に考えると、自分が何かラーメン屋のおばちゃんやタクシーの運転手を怒らせるようなことをしたという心当たりがないのであれば、ただ単に彼らが無神経なのだと考えるしかない。すれ違い様に唾を吐いていく人間など一人もいない、店員は全員お客様に対して紳士的な態度を取るものだ、サポートセンターはこちらが困っていると、すぐさましかも懇切丁寧に対応してくれるものだ、と考える方が無理なのであって、人間なんてそんなものだ、というのが現実なのだろう。それは自分自身のことを考えるとよく分かる。そんな立派な人間じゃない。

　神を信仰する態度は、上に書いたものとはまったく反対だ。自分の努力によって得たささやかな幸せでさえ神様のおかげであり、どう考えても自分に責任がない不幸でさえ自分の責任、あるいは神への信仰が足りなかったせいなのだ。今日一日事故にもあわず、病気にもならず、無事に過ごせたのも神様のおかげなのだ。もう無茶苦茶である。たちの悪い洗脳だとしか思えない。今日事故にあったり病気になったりする確率がものすごく小さいことは明らかだ。

　むしろ神を信じるのは危険だ。すべてが運任せとなり何の対策も立てなくなる。現代はすっかり神への信仰が廃れ、すべてが自己責任の時代である。何かあっても「神様が定めた運命なのだから仕方ないや」では済まない。病気になりたくなければちゃんと健康管理すべきだ。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」などと言うが、「虎に食われるかどうかは神様次第」とか言って、えいや！　と穴に飛び込むのではなく、虎穴に入ったら食われるリスクが高いということをちゃんと自覚すべきだ。すると対策が必要だ。まあ、鎧でも着て入るのかな？　うん。