前世のことを記憶できるのか? (2005.5.10)

 前世の記憶を思い出した人の事例がいくつかある。本当だろうか。脳は、見聞きしたこと、体験したことを全部覚えているわけではない。必要な情報を取捨選択して覚えている。つまり、脳の記憶容量には限度があるのだ。前世を覚えているというが、そのまた前世も覚えているのだろうか。そのまた前世、そのまた前世……も、全部覚えているのだろうか。すると、記憶容量は無尽蔵に必要だ。現世のことでさえ限られた情報しか記憶しておけないのに、脳のどこに前世の記憶が入り込む余地があるだろう。

 第一、別の人の記憶が、どうして自分の脳に入り込むだろう。人が死んで焼かれると、煙となって大気中に放出される。で、残りは灰となる。大気中に放出された分子が、巡り巡って自分の体を構成する成分になる可能性はある。しかし、分子のような単純な構造に、前世の記憶といった複雑な情報を書き込む余地はない。では遺伝子はどうだろう。遺伝子には情報が記憶されていて、それを子孫に伝える。しかし親、その親、そのまた親……の情報である。そもそも遺伝子の記憶というのは肌の色とか目の形とかそういう類のものであって、前世の記憶、という意味で使われる記憶とは違う。

 つまり、前世の記憶があるとすれば、どう考えても脳の機構では説明できない。魂の存在を仮定しなければならない。魂だったらなんでもありなので、記憶容量が無尽蔵にあってもいい。丹波哲郎によると、前世の記憶を持ったままだと人生の修行の妨げになるので、生まれてから数年のうちに消えてしまうという。ところが、前世で生まれてから数年のうちに死んだ子は、転生した後も記憶が消えずに残るというのだ。もしそれが本当なら、幼くして死んだ子なんてたくさんいるだろうから、前世の記憶を持つ人がもっと多くいていいはずなんだが。

 脳に記憶があることは脳医学から明らかだ。ところが魂にはより大きな記憶力がある。脳の機構による意識や五感や記憶の、もっと優れたものが魂にある。脳で感知できないことも魂は感知できる。だったら脳はいらないじゃないか、と思う。なぜ二重に持つ必要があるのか。

 初めて来た場所なのに前に来たことがあるような気がする。これは前世の記憶ではないか? という人がいる。心理学的にはこれはデジャブ(既視感)であり、記憶の錯覚である。

 退行催眠によってどんどん過去に遡らせていくと、ついには前世の記憶を思い出すことがあるという。しかし、退行催眠時に話された内容をよく確認すると歴史的事実と反することが多い。それ以前に、「前世で誰でしたか?」と質問すると有名人の名をあげることが多い。複数の人に退行催眠をかけると、同じ有名人の名が答えられることすらある。もっとすごい例として、まだ生きている有名人の名が答えられたことすらある。退行催眠によって呼び覚まされる前世の記憶については、このように全然信憑性がない。

 前世の記憶を持つ子供の事例はいろいろな国にあるが、日本での代表的なものは「勝五郎再生記聞」である。文政五年(1822年)の、武蔵国多摩の百姓の子、勝五郎(当時8歳)の話で、国文学者、平田篤胤が本人及び周辺の人々に取材し、記録に残した。小泉八雲が翻訳して欧米に紹介した。また、丹波哲郎が映像化(大霊界3)している。

 勝五郎は前世のことを覚えており、山一つ隔てた程久保村の久兵衛の子、藤蔵だったという。久兵衛は彼が2歳の時に病死し、母は半四郎と再婚した。自分は6歳の時に疱瘡のため病死したと言う。勝五郎は祖母に頼み、藤蔵の家に連れて行ってもらった。彼は藤蔵の住所を知っていた。そして、そこには確かに半四郎という主がいた。藤蔵という息子がおり、6歳の時に死んだというのも事実であった。勝五郎は「以前にはあの屋根はなかった。あの木もなかった」と言う。それらはみなその通りであった。

 1960年代に日本心霊科学協会の現地調査で勝五郎と藤蔵のお墓が発見されている。すると、まったくの作り話というわけでもないようだ。もちろん、勝五郎と藤蔵の墓があることを確認した上で作り上げた嘘だという可能性もなくはない。つまり、「勝五郎再生記聞」自体が後世の人によって作り出された嘘の文書だという可能性だ。

 諸外国の例も見ると、どうも前世の記憶を持っているのは子供が多いようだ。この手の話は大人が言っても信憑性は薄いのに、子供の証言となるとさらに信憑性は低くなる。つまり、単に勝五郎のイタズラに過ぎない可能性もあるのだ。子供なら、山一つ隔てた村まで冒険しに行くこともあるだろう。その時たまたま半四郎が近所の人達と話し合っているのを聞いたとする。つまり、勝五郎の証言は全部その時聞いたことにすぎない可能性もあるのだ。

 人の記憶は、暗示によって作られることもある。偽の記憶が作り出されるのだ。程久保村からやって来た誰かがたまたま勝五郎に藤蔵の話をし、それを勝五郎が記憶の錯誤によって自分の前世だと思い込んだ可能性だってなくはない。


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