「ふり返っちゃだめよ。走って!」
 姉と僕は真っ暗な道を走っていた。後ろからは、銀色の宇宙服みたいなものを着た怪物が追いかけてきていた。両側が金網のフェンスに囲まれた一本道だった。
「あっ!」
 突然、姉が石か何かにつまづいてころんだ。
「耕ちゃん、走って!」
「でも、姉さん」
「私のことはいいから。早く行って」
 怪物が近づいてきた。そいつは服だけでなく顔も銀色で、つるんとしていて、目は電球のようだった。
「二体ノ生命体ヲ捕獲。良質ナタンパク質ヲ含ンデイマス」
 そいつの「へ」の字を逆にしたような口が、ニターッと笑ったように見えた。
「走れってば!」
 だが僕は金縛りにあったかのように動けなかった。
 顔を除けば人間のようにも見えるそいつの胸から、五寸釘のようなものが生えてきた。
 そいつは姉を後ろから抱きしめた。
 姉の目が白眼になった。
「生命体ノ成分及ビ生命情報ヲ採取シマス」
 見る見るうちに、姉の体はしぼんでいった。
「うわあーっ!」
 僕は駆けだした。姉だけで満足しなかったらしく、そいつは追ってきた。
 僕はじゃまな背広をぬぎすて、そいつに投げつけた。次にはネクタイをむしりとり、投げつけた。しかし、奴は全くひるむことなく追ってきた。
 僕は道の突き当たりにたどりついた。道の左右と、前方がフェンスで囲まれていて、その向こうは草がぼうぼうと生い茂っていた。
「行き止まりだ」
 そいつはゆっくりと近づいてきた。
「うわあーっ!」


 僕は上体を起こした。トントンという音が聞こえてきた。見覚えのある部屋……そうだ。姉の家だ。
「耕ちゃん、起きたの?」
 姉の声が聞こえた。見回すと、ハンガーに僕の背広やYシャツがきちんとかかっていた。
「夢か」
 そうだ。昨日は会社の新人歓迎会でさんざん飲まされて、寮に帰るより姉の家に行った方が早いと思い、姉の家に電話したのだ。


「へえ。で、その宇宙人、どうしたの?」
「さあね」
 僕は姉が作ったみそ汁をすすった。だいこんの薄く切って煮たやつと、青ねぎが浮いている。ちょっと薄めの味が、「おふくろの味」とは違う、「姉の味」を思い出させた。
「姉さんのみそ汁飲むのなんて、二年ぶりだな」
 フフフと笑うと、姉の頬にえくぼができた。
「大変だったのよ、昨日。あんたぐでんぐでんに酔ってるんだもの」
 姉は男っぽい性格で、その日もタンクトップに半ズボンという格好だった。
「姉さんもいい歳なんだから、早くいい男見つけなよ」
「あんたねえ……、母さんと同じこと、言わないでよ。それより、いいの? 新人が遅刻しちゃ、まずいんじゃないの?」
 僕は腕時計を見た。
「御馳走さまっ」
 僕は食べかけの御飯を乱暴に置くと、慌てて服を着始めた。
「耕ちゃんさあ、晩御飯、どっか食べに行く?」


 夜七時、退社した僕は、駅前で姉を待っていた。
「遅えなあ。全く時間にはルーズなんだから」
 ごめーん、待った? と言いながら、姉が走ってきた。ファミリーレストランで御飯を食べた後、姉は「いい店があるから」と言って、僕をいかにも高そうなカクテルバーに連れていった。僕はまたしても、したたかに酔った。
「あんた、大丈夫? なんであんなに飲むのよ」
「だってさー、姉さんのおごりだって言うからさー」
 今日もまた姉の家にごやっかいになることに決めた僕だったが、姉の家まではまだだいぶ歩かなければならなかった。
「姉ちゃん、しっこ。おしっこ!」
「んもう。しょうがないわねえ」
 姉は僕を、人通りが少ない場所に連れていった。そこは、左右と前方がフェンスで囲まれた突き当たりで、フェンスの向こうは草がぼうぼうと生い茂っていた。
「耕ちゃん、あのさあ」
「ん?」
「耕ちゃんが見た宇宙人ってさあ」
 姉は自分の髪をつかみ、ずるっと引きはがした。
「こんな顔じゃなかった?」

「へ」の字を逆にしたような口が、ニターッと笑った。

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