超能力はあるのか、ないのか。私ははっきりという。「ある」と。
 私は超能力肯定論者として、あるテレビの討論番組に出演していた。
「超能"力"というぐらいだから、なんらかの"力"が働いているわけでしょう? でも物理学の法則にあてはまらない。あなたも学者なんだから、既存の科学にあてはまらない力の存在を仮定したら、既存の科学が根底からくずれてしまうということぐらいは分かるでしょう?」
 討論が始まってからずっと私を責め続けているのは、T大学理工学部の源堂教授である。私はこれに答えて言う。
「例えば幽霊を見たという人がいるとしましょう。でも科学で証明できないからそんなものは存在しないんだと言われたら、実際に見てしまった人はどうしたらいいんでしょう?」
「ふん! それはきっと幻覚なんですよ」
 源堂教授は苦虫をかみつぶしたような顔をする。この人は科学で証明できないことは徹底的に否定する人である。源堂教授の容赦ない言葉が続く。
「あなたがなぜ超能力を肯定するかといえば、あなた自身が超能力者だからだという。でも私に言わせりゃあなたのはインチキだ。そうでないならなぜこの公開の場で超能力を披露しないんですか」
「ですから何度も言っているように、私のはその辺のインチキ超能力者とは違って本物ですから、公にすると影響が大きいんですよ」
 私の答を聞いてないかのように、源堂教授はまくしたてる。
「目で見つめただけでスプーンがねじまがってしまう。あなた、スプーンを曲げるためにどれだけの力が必要だと思ってるんですか。力には必ず作用と反作用があるんですよ。目が遠隔的にスプーンの首を押しているんだとしたら、その反作用で目がつぶれてしまいますよ」
「力学的には無理ですね」
 と、もう一人の対談者である宗教家の生島氏が横から口をはさむ。
「そう、力学的には無理だ。だとしたら残る可能性は目から電磁波が出ているということだ。金属の原子配列を極端に乱してやれば、その金属は曲がる。でもスプーンを曲げようと思ったら、核爆弾が出すガンマ線くらい強力でないと無理だ。でもそんなものを出したとしたら、その超能力者はあっというまに蒸発してしまうでしょう」
「電磁気学的にも無理ですね」と、今度は私。
「そうです! ということはなんらかのトリックがあるとしか考えようがないではないですか」
「その通りです」と、私は言った。「あらかじめ切れ目を入れて、すぐに折れてしまうようにしたスプーンとすりかえてしまうとか、そういった類でしょうね。大部分の超能力は手品でしょう。でもそんなことは私も……」
「私も手品でない本物が見たいんですよ。さあ、やってみて下さい、辻岡先生!」
「ちょっと待った!」
 いきなり大声を出したのは、宗教家でありオカルト研究でも名高い生島氏である。
「結論としては、超能力は現代の物理学では説明できないということがはっきりしたわけです。私もそう思いますし、精神物理学の権威でいらっしゃる辻岡教授もそうお考えでしょう」
「権威だなんて、私はそんな。それに私は助教授ですよ」
 W大学精神物理学研究室。その中でも人間の脳に超能力を発揮する能力があるかという研究に固執し続ける私は異端視されていた。
 生島氏は言葉を続ける。
 「私は科学的でない観点で超能力について研究してるんですよ。そこである可能性に思い至ったのです。悪魔であればそのような力を持っているだろう、と」
 源堂教授の唇の片端がつり上がった。生島氏は司会者に目配せする。
「ええ、それではここで、生島先生の驚くべき実験をご紹介しましょう。VTRどうぞ」
 モニターに薄暗い部屋が映しだされた。照明は消されており、何本かの蝋燭が明かりとなっている。黒い絨毯の上には円を描くように塩がまかれ、その円の中に白いローブを着、長い剣を持った生島氏が立っている。
「ではこれより悪魔を呼び出す儀式を始めます」
 生島氏は目を閉じ、なにやら呪文を唱え始めた。
 ムニョムニョムニョ……
 何と言っているのかよく聞こえない。それはずいぶん長く続いた。最後に、「この円の中に現れよ!」と言ったのだけがはっきり聞こえた。
「さて、これで儀式が終わりました。私の中に悪魔が宿りました」
 VTRが終わり、スタジオが明るくなると、まず源堂教授が口を開いた。
「今ので悪魔を呼び出したのですか? ずいぶん簡単だな」
 私も続けて、「普通は"この円の外に現れよ"と唱えるのではないですか? たしかあの円が結界になっていて、それで魔物から術者を守るんだと思いましたが」と問うた。
「よくご存じですね。あれはわざと悪魔にとりつかれるように、呪文をちょっと変えたのです」
 私はあっけにとられたが、源堂教授は間髪入れず質問する。
「で、悪魔の力で超能力が使えるようになったのですか?」
「ええ、もちろん。お見せしましょう」
 生島氏は立ち上がると、ポケットからスプーンを取り出した。
「定番のスプーン曲げです。ただし種も仕掛けもありませんよ」
 源堂教授は渡されたスプーンを裏表念入りに見たあと、生島氏に返した。
「では、いきますよ」
 しばらく生島氏はスプーンをみつめていた。その額にはじっとりと汗が浮かんできた。突然、ポキンとスプーンが折れた。
 おおー、とスタジオの客席がどよめく。
「どうです。これは手品ではありません。つまり、私が言いたいのは超能力者とは悪魔や、そういった人間の能力を越えた者にとりつかれた人間のことなのです」
 源堂教授は納得がいかない様子である。私も納得がいかない。私はちらりと生島氏の服の袖を見た。
「あっ」
 袖の中から、ポロリともう一本のスプーンが転げ落ちた。


 テレビ局の廊下を歩いている源堂教授と生島氏に、私は後ろから追いついた。
「源堂先生! 生島先生!」
 振り返った二人の顔はいかにも不快そうであった。特に生島氏はブスッとしている。
「公の場では披露することはできませんが、個人的になら見せてもいいですよ」
 源堂教授はいぶかしげな顔をした。
「本当ですか?」
「どうです、これから私の家に来ませんか」
 タクシーの中でも二人は不愉快そうだった。源堂教授が口を開く。
「どうしてあなたの家なんです? なんなら別にここでも構わないでしょう?」
「私も教授に報告しなければいけませんのでね」
 は? と言いたげな表情が、源堂教授の顔に浮かんだ。
「……教授。たしかあなたの上にいらっしゃるのは坂本教授でしたな。しかしあの人も困った弟子を持ったもんだ」
「坂本教授? あ、いや、そっちの"教授"じゃないんです」
 源堂教授はますます分からないという顔をした。
「あ、着きましたよ。ほら」
 どうぞどうぞ、こちらです、と、私は二人を家の地下室に案内した。
「ほう、こりゃすごい。こりゃいったい何ですか」
 驚いた顔で言う源堂教授に私は答える。
「ええ、通信機器とコンピュータです。教授とは毎日これで連絡をとってるんです。教授は今ちょっと、遠い所にいますんでね。」
 すると、先程までブスッとしていた生島氏が口を開いた。
「こりゃずいぶん古い型だな。いや、新しいのかな。よく分からないな」
 私はそれには答えず、急に思い出したように言った。
「ええと、そうだ。超能力でしたね」
 ブン! といきなり椅子が空中に飛び上がった。それがぐるぐる回りだすと、二人の目がまん丸になった。
「私は"人間"の脳を様々なサンプルを集めて調べたが、やはり超能力を発生するような構造を発見することはできませんでした」
 テーブルもまた浮き上がり、椅子とダンスを踊るように回り始めた。源堂教授の顔がサーッと青ざめるのが分かった。
「ハ、ハハ。まさかあなた、私達の頭をメスで切りきざんだりせんでしょうな」
「いえいえ。そんなことをしたら台無しになってしまう。やはり、生きたままの、活動している状態の脳をあちこちいじくりまわしてみなくては。そんなことができるのは、"超能力"だけでしょう」
 生島氏の顔も、恐怖でひきつっていた。だが、もう遅い。
「私はいろいろなサンプルを調べたがおもしろい結果は出なかった。あなた方のように超能力について様々に考察し続ける人の脳というのは、興味深い」
 バキッと椅子が壊れた。
「あうう」と言いながら、源堂教授が頭を押さえてうずくまった。そして生島氏も。
「あなた方は超能力についてもう一つ重要な可能性を忘れている。科学者もその存在を認めていて、人間以上の能力を持った者の存在を」


 すっかり床の上にのびてしまった二人を見ながら、私は通信機のスイッチを入れた。
「"教授"。調査はだいたい終わりましたが、やはり地球人の脳には、超能力を発生する能力はないようです」

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