赤いパワードスーツに身を包んだ男が森を駆ける。一見すると、人型のロボットにも見える。だがもちろん、中には人間が入っている。パワードスーツの身長は二メートル前後だろうか。
 森……、この未開の惑星にも植物はある。濃密な、十分もそこにいれば誰でも汗を流さずにはいられない高い湿度の大気に包まれた惑星には、地球型の植物が生い茂っている。やはり葉緑素のような組織で光合成を行っているらしく、木々の一本一本は濃い緑色の葉に覆われている。(ただ、葉っぱがまん丸に近い形をしているところが地球の植物と異なる点だが。)
 ドスッ、ドスッという足音を響かせながら走るパワードスーツの速度は通常の人間の平均速度の三倍以上にもなる。
 その男に次々と群がってくるのは、この星の凶暴なエイリアンである。エリマキトカゲを人間位の大きさにして角と牙を生やして目つきを鋭くしたような生物である。
 男はエイリアン達と戦っているのではない。逃げ回っているのだ。
 確かに、男の持つレーザー銃は強力であり、そのエイリアン達の数匹を撃ち殺すのには役立つ。しかし、その区域に大量に存在するエイリアンには、焼け石に水である。


「そもそも、ロボットという言葉を最初に考えたのは二十世紀初頭のチェコの劇作家だと言われていますな」
 博士は、軍服姿の男に向かって言った。パワードスーツ部隊を指揮する司令官が対面している博士こそ、ロボット工学の権威であるストロンボリ博士である。
 限りなく透明に近いガラスのドームに包まれた居住区の東の外れに位置する、巨大な研究施設。その何重もの扉に閉ざされた極秘プロジェクトルームに入室を許可されたのは、彼が司令官という特別な地位の人間だからだろう。
「二十世紀中期にはもう、それまでの機械仕掛けのオモチャとは違う、本格的なロボットが誕生している。最初に実現したのはあなた、人間の体のどの部分だと思いますか?」
「さあ、足じゃないかな」司令官は答えた。
「手ですよ。原子炉内の放射性物質を取り扱うために、遠隔操作で動かせるマジックハンドが誕生したのです」
「ほう、マニピュレータが最初だったのか」司令官は適当に話を合わせた。
 彼が聞きたいのはそんなことではないのだが。
「その後、産業用として発展していったロボットは、最初に予期されていたような"人型"からはどんどん離れていった。人型にすることが本質なのではなく、その目的に見合った形状にする事が重要なのだと、気づき始めたんですな」
 司令官は彼の話に我慢強く耳をかたむけた。下手に話の腰を折ると、途端につむじを曲げてしまうところが、博士の悪い癖であることを、知っていたからである。


 木々の間を抜けていく男の前に、突然、よだれをたらしたエイリアンが立ちはだかった。
「シャーッ!」という声を上げながら、怪物はその鋭い爪を振りおろした。「バリッ」という嫌な音がして、パワードスーツの前面が裂けた。


「こうした産業用ロボットとは別に、人型のロボットの研究も進んでいった。原子炉内の物質の取扱いにしても、窓の外やモニターから眺めながら操作するというのでは、扱いにくいし、危険物を落っことしたりしたら大変だ。やはり人間が直接中に入って扱った方が、はるかに安全だ」
 下を向いていた司令官は、その言葉を聞いてチラリと視線を博士に向けた。
「一九六〇年代にはすでに現在のパワードスーツの原型となるものが、案だけは出来上がっていた。人間を危険な環境から守るために、頑丈な外骨格で包みこんだマシン。人間の動きに追従して動き、その力を何倍にも増幅する、"人間増幅機"。だが残念ながら、諸々の問題にぶつかって結局実現しなかったわけだが。パワードスーツが実現するには、私という天才が出現するのを待たなければならなかったわけだ」
 司令官はストロンボリ博士をじっとみつめたまま、ニヤリと唇の片端をつり上げた。
「パワードスーツには二つの問題点があった。一つはころんだ時の問題。ロボットがころんだ状態からどうやって起き上がるか? これは意外とやっかいな問題でしてね。人間だったらどうということもない動作が、ロボットの場合は非常に難しい場合が多い。これを解決するのに人類は一世紀近い時間を費やしたのだ」
 博士はふいにだまりこんだ。
「問題なのはもう一つの方ではないですか」司令官は先をうながした。
「そう、もう一つはパワードスーツが何らかの原因で裂けてしまった場合だ。危険な環境で中の人間がむき出しになれば、これは致命傷だ。この問題は今も解決されていない」
 司令官はようやく話題が彼の関心事に近づいたのを感じた。
「パワードスーツを実際の原子炉内作業に適用したのは、もう二十年も前のことだ。最初は順調に進んでいった。ところが2年ほどして、事故が起こった」
 司令官は心の中で、つぶやく。そう、それこそ私の知りたかった点だ……
「原子炉内で、突然パワードスーツの前面が開いたのだ!作業員は多量の放射線を被爆して死亡。原因は接合部に古い部品を使っていたためだった。だが、あの男はこの事実を隠した!」
「……そんな事があったのですか。処刑もんだな、そりゃ。まあ、その事故を隠蔽したおかげでパワードスーツの利用は広がっていったわけですな。そしてこの未開の惑星の開拓に投入されることになった」
「だが、許されざる事だよ! この問題を解決する究極の方法は、中に人間を入れないという事だ。つまり、ロボットが自分で考え、行動し、臨機応変に事態に対処することだ」
「人工知能ですか? 多くの学者が夢想し続けてきたことだ。そんな事は不可能だ」
 司令官は自分の語気が挑戦的になっていることに気づき、注意した。
「そう、人工知能は結局あまり発展しなかった。そこで、科学者達は別のアプローチをとることにした。人間の脳細胞の一つ一つをスキャンし、コンピュータにコピーするという方法だ。しかしソフトウェア的な手段では、首尾よくメモリー内にニューロンの全部をコピーできたとしても、あまりにも反応が遅すぎて使えないことが分かった。
 そこで、人間の脳細胞と同じ働きをする電子素子を作った。ところがこれだと、脳細胞と同じ数だけ電子素子を集めると、とてもじゃないがパワードスーツに入りきらないことが分かった」
「そのようですな」
 司令官は眼の前の巨大な箱を見上げた。
「私の場合は、私自身が老いていくに従い、心配になってきたのだよ。だから、自分の脳のコピーをとっておくことにした……」
「そして現在では、パワードスーツに関する一切はコピーの方が……、いや、失礼、あなたが管理することになったわけですな。ところでなぜです、博士。あなたはあの、兵士でもなんでもない男を、エイリアンが出没する可能性が高いB-2地区に配備した。最初、コンピュータのエラーかと思いましたよ」
「罰だよ。自分のした事がどれほどの事か、思い知るがいい」


 大木を背にして立ちすくむ、体がむき出しになった男……ストロンボリ博士に、フーフーと荒い鼻息をふき出すエイリアンの鼻先が、ゆっくりと近づいて来た。

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