人類への復讐


  スーパー・スパイ

 ピピピピ。ピピピピ。
「目を覚まして、愛するあなた」
「うーん」
 ピピピピ。ピピピピ。
「朝よ、いとしいあなた」
「うるさいなあ」
 ピピピピ。ピピピピ。
「目を覚ま……」
「分かった! 分かったよ!」
 ラウス・トベリバは目覚まし時計のボタンを乱暴に押した。西暦二六XX年のある朝、彼は安アパートの一室のベッドの上で、ムックリと体を起こした。
「朝の気分は最悪」
 と彼はつぶやきながら、パンを一枚トースターに放り込む。低血圧というわけではないのだが、朝は彼が一日のうちで最も苦手な時間帯である。
 三十六歳、独身。一度結婚したが、妻と子供は八年前に亡くなった。
「セールスマンなんかになるんじゃなかった」
 と後悔しているが、他に仕事がなかったのだから仕方がない。この就職難の時代に、仕事にありつけただけでも幸運と言わなければならない。とはいうものの、あちこちの家を回ってペコペコと頭を下げ、バタンと閉じられたドアに指をはさまれたり、水をぶっかけられたり、そんな日常にウンザリしていた。
 しかしそんな日常をうち破ったのが、その日の朝だったのである。
 ピンポーン。ピンポーン。
「はいはい」
 彼はインターフォンのボタンを押した。モニターに軍服姿の男達が映った。
「おやおや、お久しぶりです」
「ラウス君、緊急の用事だ。ここを開けてくれ」
「なんです? 一体。私はもう平凡な一市民なんですよ」
「元特殊部隊のエリートである君にしか頼めない仕事だ。しかも君は特殊部隊のたった一人の生き残りだ」
 特殊部隊101、それはいわゆるスパイ活動を行う部隊だった。ラウスの頭にいまわしい過去がよみがえる。彼がアジアの小国に潜入し、ミッションをやり遂げた時、敵側のスパイがアメリカの彼の家に押し入り、復讐として彼の妻子を殺してしまった。
 彼は脱隊し、しがないセールスマンに成り下がったのである。


 ラウスはなかば強制的に、軍部に連れていかれた。
「軍のいつものやり口だ」
 と、彼は心の中で舌打ちした。ドアが並ぶ長い廊下の一番奥のやや大きめのドアを開けると、薄暗い大きな部屋に通された。大きなテーブルの周りには軍のお偉いさん方が顔を揃えており、彼らのタバコの煙で部屋が薄くくもっている。テーブルの表面は巨大なモニターになっており、そこにはCGで描かれた星図が映し出されている。
「やあ、君がトベリバ中尉かね。噂はかねがね……」
 白髭をたくわえた白髪の長身の男が手を差し出した。しかしラウスは手を出さなかった。
「ま、待って下さい、ホド長官。私は別にひきうけたわけではありませんからね。それに今はもう中尉じゃありません」
「まあまあ、とにかく話だけでも聞いてくれんか」
 彼がしぶしぶ着席すると、軍服を着こなした女性が彼の前にコーヒーを置いた。
「実は一ヶ月前、国際軍事兵器開発機関から、ある兵器の設計図が盗まれたのだ」
 国際軍事兵器開発機関……。それなら彼も知っている。サハラ砂漠の地下にある秘密の兵器研究開発施設だ。地理的にも周囲から隔絶されたその機関では、様々な極秘兵器が日々研究開発されている。その中には生物兵器や核等、平和協定によって開発が禁止されているものまで含まれているという噂だ。
「君も聞いたことがあるだろう。それはSDES(Star DEStroyer)と呼ばれている兵器で……」
「エスデスですって!?」
 彼はすっとん狂な声をあげた。彼が驚くのも無理はない。それはその名の通り惑星一個をまるまる吹き飛ばすほどの強力なレーザー砲である。まさに最終兵器と呼ぶにふさわしい。実際に製造されるのはまだだが、もう設計図は完成しているということぐらいは、彼も元スパイであるから知っている。そんなものが盗まれたとなれば、これはただごとではない。
「で、私にその設計図を取り返せというわけですか」
「いや、そんなのならまだいいのだがね。実は犯人から政府に向けて通信が入ったのだ。そいつはもうSDESを完成させたと言っているのだ」
「えっ? さっき設計図が盗まれたのは一ヶ月前だって言いませんでした? たった一ヶ月で造り上げたって言うんですか?」
「ああ。とうてい信じられない話だがね。しかし通信の内容が全部本当だとすると、そのぐらいやってのけても不思議ではないんだ」
「……異星人ですか」
「いや、異星人ならまだ我々の理解の範疇に入る。実際、いくつかの種族と友好関係にあるのだからな。しかし、相手は我々の理解をはるかに越えた奴なんだ」
「要求は何です? やっぱり金ですか」
「いや、金なんかじゃない。もっと大変なものだ。まあとにかく、その通信の内容を聞いてくれたまえ。その方が手っとり早い。おい!」
 長官が指をパチンとならすと、部下の男が壁にそなえつけられた端末のキーボードをカチャカチャと叩いた。テーブルの上面のモニターに「音声再生中」と表示された。
「人類代表の諸君。私は一ヶ月前、国際軍事兵器開発機関から重要な兵器の設計図を盗み出した者だ。正確に言えば盗み出したのは私の部下のうちの一人だがね。その兵器がどれくらい重要であるかは、諸君はよくご存じだろう。私はようやくその兵器を造り終えたので、諸君に報告しようというわけだ。
 私の名はゴラン。君達の世界より約四百年後の世界で、世界を統治していた者だ。
 フフフ……。このように言うとこの通信はいたずらのように聞こえるだろう。しかしそうではないのだ。SDESの設計図が盗まれたことはおそらく極秘事項となっているだろう。そのことを知っているだけでも、十分に信憑性があると思うのだがね。
 私は人類に奉仕してきたのに、人類は私を四百年後の世界から追放したのだ! 私は白鳥座V404番星のブラックホールに放り込まれた。君達の時代の人間は、ブラックホールを抜けるとどこに行くか知っているかね? 科学者達が予想をするだけで、実際に体験した者はいまい。
 驚いたことに、次に私が目を覚ましたのは西暦一九〇〇年頃の地球だった。私はエジプトのピラミッドの地下で眠っていたのだ! さらに私は不老不死の体になっていた。私は、私を追放した人類に対して、復讐を誓ったのだ。
 最初、私は別の宇宙に来てしまったのかと思った。しかしその後起こったことは、私が子供の頃歴史の教科書で学んだことと全く一致していた。
 私は人類に復讐する方法を様々に考えた。そして二六XX年に発明されるはずのこの兵器に注目したのだ。これは人類史上最高の傑作だといえる。君達の四百年後の世界でさえ、これを越える兵器は作られていない。私はこの時が来るのを七百年も待っていたのだ。
 私がたった一ヶ月でSDESを造り上げたことに疑問を感じるかもしれない。しかしこれはしごく当たり前のことなのだ。なにしろ私には準備期間が七百年もあったのだからな。
 さて、私の要求だが、それは全人類が私に降伏し、私に服従することだ。さもなければ私は容赦なくSDESを使って地球を吹き飛ばすだろう。
 私は今、白鳥座V404番星のすぐ近くにいる。私の運命を狂わせたこの場所から、地球を破壊するという考えは、ずっと昔から私の頭の中にあったことだ。このような一大イベントを行うには、実にふさわしい場所だと思わんかね?
 私はこの一回めの通信で回答期限まで決めてしまうつもりはない。おそらくそれは二回めの通信で宣言することになるだろう。今回の通信の目的は、私の話が嘘ではないということを示すことにある。そのために私は、木星の衛星イオを破壊するつもりだ。それは七月一日の正午きっかりに行う。
 では、二回めの通信を首を長くして待ちたまえ」
 ザーッという音が五秒ほど流れた後、「音声再生中」の表示が消えた。
「七月一日ですって!? 今日じゃないですか!」
 ラウスはまたしてもすっとん狂な声をあげた。
「しかも正午といえばあと二十分後だ。君を大慌てで無理やり連れてきたのも、そのためだ」
 冷静をよそおってはいるものの、ホド長官の額にはじっとりと脂汗がにじんでいた。

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