ラウス、海王星に向かう


  イオ

「イオの映像を……」
「ハッ!」
 部下の男がカチャカチャとキーボードを叩くと、テーブルの表面に不気味な赤い色をした星が映し出された。
「観測衛星は今や太陽系の全惑星、全衛星に配備されている。これはイオに張りついている衛星WゴルディアスWからの映像だ」
「張りついている」とは言っても、イオの全景がフレーム内におさまっているのだから、やや離れた場所から撮影しているのだろう。
「それにしてもいつ見ても醜い星だ」
 とラウスは思う。その表面は溶岩におおわれており、全体が毒々しい赤い色をしており、あちこちにぶつぶつと斑点があるその表面は、何かの生物であるかのような印象を与える。巨大な質量の木星の重力によって生じる潮汐力がイオの表面をゆがめ、その時イオの内部に摩擦熱が発生して加熱され、活発な火山活動をひきおこしている。怒り狂ったように噴き上げられる噴出物の高さは二十八キロメートルにまで達する。
「では長官、デモンストレーションとしてイオが破壊されるまでの間に、いくつか質問をしてもいいですか?」
「ああ、何だね。トベリバ君」
「その、ゴランとかいう狂人は白鳥座のV404番星の近くにいるって言ってましたよね。でもあそこまでは何千光年も離れているんですよ。光の速度でさえ何千光年もかかるということは、通信の電波を発信したのはそれぐらい過去だということになりませんか?」
「いや、最近ではワープの技術が発達しているからね。電波自身をワープさせれば、瞬時で着くよ」
「なるほど。ではゴランがそんなに遠く離れた場所にいるということが事実だと仮定しましょう。でも、いくらSDESだからといって、そんな遠くから撃ったのでは、とうてい地球までは届かないでしょう。レーザーのエネルギーは距離とともに減衰していくはずです。何千光年もの距離をとぶレーザーなんて、聞いたこともありませんね」
「それがSDESの恐ろしい所さ。SDESはそれ自身にワープ装置がついているのだ。つまりターゲットとなる惑星のすぐ近くにワープさせて撃つわけだ。これなら、どんなに遠く離れた場所からでも攻撃できる」
「なるほど、なるほど。それは恐ろしい兵器だ。で、私に何をしろって言うんです?」
「君はやつのアジトにもぐりこんで、やつの計画を阻止するのだ」
「無茶を言いますね。第一なぜ艦隊を送り込んで攻撃しないんです?」
「そんなことをしたらやつは怒って地球を破壊してしまうだろう。そうでなくてもSDESの前ではどんな艦隊も無力だ。正面からたち向かったのではだめだ。そこでぜひ君の助けが必要なのだ」
「やれやれ」
「長官、あと五分です」
 いかつい体格をした肌の黒い男が言った。部屋の中は水をうったように静まり返った。
 チッチッチッチッ……。二六〇〇年代になってもまだ使われているアナログ時計の針の音が、いやに大きく聞こえる。
「あと一分です」
 全員がモニター画面をくいいるように見つめていた。画面にはまだ何の変化も起こらない。
「あと十秒。九、八、七、六、五、四、三、二、一、……」
 突然画面の、ラウスの位置から見て左上のすみから細い光の筋が走った。次の瞬間、画面は真っ白な閃光に包まれた。そしてそれはすぐに、深夜のテレビの、放送終了後の砂嵐のような画面に変わった。どうやら観測衛星WゴルディアスWも破壊されてしまったようだ。
 しばらくの間、誰も口をきくことができなかった。
「い、今の、見ましたか?」
 ラウスはかすれた声で、画面の左上隅を指さしながら言った。
「ん?」
「今の映像、再生できますか」
「よし、モニターのこの部分を二十倍に拡大して、スローで再生したまえ」
 ホド長官が指示すると、部下の男はキーボードを叩いた。
「おおっ! これは」
 ラウスから見て左側の席についている老人がつぶやき、それに続けてみんなザワザワ話し始めた。画面は、円筒形をした白っぽい物体が何もない空間から出現する瞬間をとらえていた。ザワザワとうるさい中でも、ラウスは老人の次の言葉をなんとか聞き取ることができた。
「SDESだ……」


  第二の通信

 ラウスの生活は元のそれに戻った。しかしそれは一時的なものである。
 彼に出された命令は、「自宅待機」。
 ゴランから次の通信が入るまでは、ただ待つしかないのだ。
「奥様、この化粧水の感触は、まったりとしてコクがあり、それでいてサラッとしていて……」
「間に合ってます!」
 彼の鼻先でドアがバタン! と閉じられた。
「あーあ、自宅待機なんて言わずに高級ホテルでもとってくれればいいのに。これから地球を救おうっていう人間なんだからさ」
 彼はぶつくさ文句を言いながら、とぼとぼと歩きだした。
 彼が軍部から呼び出されたのは、それから二週間ほど後のことである。
 前と同じ会議室に、ホド長官はじめ軍の上層部が再び集まっていた。ラウスが着席するやいなやホド長官が口を開いた。
「さて諸君、今から一時間ほど前にゴランからの第二の通信が届いた。早速だがその内容を聞いてもらおう」
 部下の男がキーボードをカチャカチャと叩いた。
「皆さん、ごきげんいかがかな? 私はゴラン。再び人類の頂点に立ち、皇帝として君臨しようとする者だ。
 私の話が嘘ではないということが、分かっていただけたかな? 二週間も時間を与えたのだから、だいたいの覚悟はできたことと思う。しかしこちらから一方的に条件をおしつけるのは理不尽というものだ。そちらにも言い分があるだろう。そこでだ。私への回答方法だが、ネゴシエイター(交渉人)を私の元へ、今から一週間以内によこしたまえ。
 それでは、私がいる場所の正確な座標位置を送るとしよう。今度は私が、首を長くして待っているよ」
 ゴランの話が終わると、その後にはピー、ガガガガ……という音が続いた。どうやら座標のデータを音声信号に変換して送信しているらしい。
「お聞きの通りだ」
 ホド長官がラウスの顔を見ながら言った。
「なるほど。私にその役をやれというわけですね」
「そうだ。君はネゴシエイターとして潜入し、ゴランの野望を阻止するのだ」
「やれやれ。簡単に言ってくれますね。ところでその大役を私一人でやれとおっしゃるんですか?」
「いやいや、あと二名アサインしておいた。一人はコドン星人で科学者のロア・ボルドーだ。科学者ではあるが、裏の顔はスパイだ。君も昔一緒に仕事をしたことがあるだろう」
「ロアのやつか」
 ラウスの唇がひん曲がった。彼はどうもコドン星人というやつが苦手である。コドン星人は論理を非常に重要視する。はるばる太陽系までやって来て、地球などというちっぽけな星と友好条約を結んでくれた彼らには失礼だが、彼らはガチガチの石頭である。ロアなどはコドン星人である上に科学者ときているもんだから、人間的なものの考え方には全く関心がなく、閉口したのを覚えている。
「ボルドー博士は今、海王星の衛星トリトンを調査中だ。まずは海王星に行って、彼と合流するのだ」
 一九八九年に惑星探査機ボイジャー二号が海王星にたどり着いてから六百年以上もの歳月が流れているとはいっても、この太陽系の辺境の地まではまだ開拓が進んでおらず、むしろ地球人よりもコドン星人の方が関心を持っている。
「そしてもう一人の人物だが、これもやはりスパイで、女性だ。名前はリンダ・シュトゥットガルム。ドイツ人だ。彼女が他のスパイと違って優れている点は、彼女が超能力者だということだ」
「超能力者ですって!?」
 ラウスはあきれたというような顔をした。この時代になってもまだ人間の脳の仕組みはあまり分かっておらず、ましてや超能力などというものの信憑性は、あまりなかったのである。
「彼女の超能力が本物だということは、科学的に証明されている」
「まさか、冗談でしょう?」
「彼女の能力はサイコキネシス、つまり意志の力だけで物体を動かす能力だ。何もない、分厚い壁に囲まれた部屋の中で、彼女は厳重に監視された状態で、一辺が十センチの立方体を自由自在に移動させてみせた。壁や天井や床は事前に厳重にチェックされていて、針の穴ほどの隙間もない。分厚いドアは閉めると壁とドアの隙間が全くなくなってしまい、完全な密閉状態となる。立方体はガラスでできているので中が完全に見透かせ、何らかのトリックを仕掛けることなど不可能だ。科学者達は彼女がインチキをやっているのではないということを、否定することができなかったんだ。
 実際、彼女はその能力を使っていくつもの難事件を解決しているのだ。二年前のモタバー事件を覚えているかね? あの時時限爆弾のスイッチを止めたのも彼女だよ」
「ふーん、なるほどねえ」
 それにしても、コドン星人と超能力者とはまた変てこりんな取り合わせだなと、ラウスは思った。
「彼女もまた海王星に行く手筈を整えている。おそらく君より後から合流するだろう。とにかく、一週間といったらあまり時間がない。明日にでもたってもらう。急いで身の回りの整理をしたまえ」


 翌日、ラウスは一人乗りの狭っくるしい小型宇宙艇に乗りこんでいた。何しろたった一日で宇宙旅行の準備を整えろと言われたものだから、彼は大慌てで身仕度を整えた。そのため、二時間くらいしか寝ていない。
 宇宙艇はワープを何度も繰り返し、ようやく海王星の衛星トリトンにたどり着いた。

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