ゴランの帝国へ


  策略

「おいおい、本当にこんなんで間に合うのか!」
 ラウスはいらついていた。ラウスの横では、俗に「猫星人」と呼ばれているコドン星人のロアが宇宙船を操縦しており−−もっとも、ロアに言わせれば、あなた方の言うところの「猫」という動物と、我々とはちっとも似ていない、とのことだが−−美女でグラマーで超能力者のリンダが退屈そうにあくびをしている。
「白鳥座まではすぐじゃなかったのか?」
 ラウスは思わずロアのひげを引っ張りたくなる。
「Wすぐ”、という言葉は実にあいまいで、それゆえに便利な言葉ですね。大丈夫ですよ。この宇宙船のワープ能力ならば、海王星から白鳥座までは三日ほどで着きます」
「どうしてこんなオンボロ船を使わなきゃならないんだ? 俺たちゃ地球を救う救世主なんだぜ」
「私達は隠密行動をしているのですよ。あまり高級な宇宙船を使うと、目立ってしまいます」
「ところで、どうやってゴランの計画を阻止するの?」
 と、リンダが横から口をはさんだ。
「破壊工作というのは、ハードウェアに対して行うよりも、ソフトウェアに対して行うほうがよっぽど簡単です。分かりますか? シュトゥットガルムさん」
「リンダでいいわ」
「ではリンダ。SDESというのはコンピュータ・システムによって制御されています。システムにアクセスすることができれば、SDESを止めることができるでしょう。システムは強力な暗号によって高レベルのセキュリティを維持しています。侵入しようとするならばこの暗号を解かなければなりませんが、それには現在の最高速のコンピュータを使っても何万年もかかってしまうでしょう。それよりも、てっとりばやく誰かのパスワードを盗むべきです。そういったパスワードは、ゴランの身近にいる人物なら持っているでしょう」


 三日で着くという、ロアの予測は正しかった。軍から、「この船に乗れ」と指示されたオンボロ宇宙船のコンピュータには、ゴランが送ってきた星図上の座標位置がインプットされていた。そして彼らは、海王星からちょうど三日かかって、そこにたどり着いたのである。
 宇宙船のスクリーンには、巨大な要塞が映し出されていた。それは壺を横に倒したような形をしており、二重のリングがその周りを取り巻いている。壺の口からにょっきりと棒のようなものが突き出している。その円筒形の棒は、ラウスが軍の会議室のモニターで見たのと同じもの、つまりSDESである。
 要塞はブラックホールの斜め上に位置している。とは言っても、その重力の影響を受けないほど遠くに離れているのだが。
 ガス雲に包まれたブラックホールとその伴星は、ここからだと米粒くらいにしか見えない。
「私達は地球からネゴシエイターとして派遣されてきた者だ。着艦の許可を願う」
 ラウスがマイクに向かって言うと、スピーカーから返事が返ってきた。
「認識番号をどうぞ」
「IX01P5831575だ」
「着艦を許可します」
 壺の横っ腹に、小さな口が開いた。宇宙船はその中に入っていった。
 機体を格納庫に降ろすと、その周りにテラテラ光る黒ずくめの服を着た男達がむらがってきた。宇宙船から出てきた三人の前に一人の男が進み出て敬礼した。
「こちらへどうぞ、地球のお方」


  人工の楽園

 ラウス達は円形の、広々としたホールに連れていかれた。上を見上げるとかなり上の方までふきぬけになっていて、真ん中に堂々とそびえ立つエレベーター・チューブがはるか彼方まで伸びている。ラウス達がエレベーターに乗りこむと、階数を示す数字がめまぐるしく変わり始めた。
 チーン。
 階数表示が百で止まった。
 エレベーターを降りるとそこは大きな広間で、一面に赤い絨毯が敷かれ、またエレベーターから広間の奥に向かって黒い細長い絨毯が敷かれ、その両脇に沢山の人が土下座をして、列を作っている。うながされるままに歩いていくと、部屋の奥に一段高くなった場所があり、そこに大きめの金色の椅子にすわった人物が見えてきた。
「よくいらっしゃった。地球のお方」
 その人物は見たこともないだぶついた衣装を身につけており、肌は褐色でほりの深い顔だちで、口髭とあご髭をもじゃもじゃと生やしており、金色の冠をかぶっていた。両側にはべっている女官が大きなうちわをあおいでいる。
「皇帝」という言葉から受ける印象と異なり、メキシコか、インドか、あるいはエジプトといった、そういった国の人物であるように見えた。
「私の名はゴラン。そちらは?」
「私はラウス・トベリバ、そしてこちらはロア・ボルドーとリンダ・シュトゥットガルムです」
「ではトベリバ殿、お疲れのところを申しわけないが、早速回答を聞きたい」
「結論を先に言いますが、私達はあなたを頂点とする全体統一国家を作ることに同意します」
「ほう、そうか」
 ゴランの顔がほころんだ。
「しかし、地球ではご存じのように個人主義化が進んでいます。地球全体が一つの国家となったとしても、そういった個々の人々の思想や主義主張は尊重してほしいのです。全体主義というのは中央に権力が集中し、国民が貧しい生活を強いられるという、そういうものですから、それを受けいれることはできません」
「あなたは大変な誤解をしているようだ。私の望みは私があなた方の頂点に立ち、人類を統治するということだ。決して人類を奴隷にすることではない。現に私は元いた世界では善良な政治を行い、国民に慕われていたのだ」
「それなのに追放されたのですか?」
 ゴランの眉間にしわがよった。
「私があれ程人類につくしてきたのになぜ追放されたのか、私にもさっぱりわけが分からないのだよ」
 しかし、ゴランは反抗する者を容赦なくガス室に送ったのだった。シベリアで働く労働者は重い荷物を運ばされ、倒れるとムチで何回もうたれた。広場では毎日のように銃殺刑の音が響いていた。それがゴランの言うところの「善良な」政治だったのである。
「例えばこのコロニーでは人々は実に平和に暮らしている。SDESが完成したのはほんの一週間前のことだが、このコロニーを作ったのはもう五十年も前のことだ。私は私を慕ってくれる人々といっしょに、地球からここへ引っ越してきたのだ。そうだ、コロニー内を少し見学されるといい。そして少しお休みになることです。具体的な話は明日にしましょう。 私の二十九番めの妻、アガスタシアがあなた方の面倒をみます」
「では、こちらへどうぞ」
 と、黒ずくめの服の男が言った。
 ラウス達はうながされて、再びエレベーターに乗った。百二十階で降りると、五つに区分けされた部屋のうちの一つに案内された。
 そこには、一人の白人女性が立っていた。
「こんにちは。私はゴランの妻アガスタシアです。さ、こちらへどうぞ」
 アガスタシアはシルクのローブを身にまとい、頭や、首や、腕に、宝石やら黄金の首飾りやらを着けていた。
「まあ! かわいい」
 アガスタシアはロアの前にかがみこみ、頭をなでた。
「ニャーン」
 と、ロアは言った。
「あなた方の部屋は百三十五階です。少し休んで、それからコロニー内を見学されるといいわ」
「でも、この子どうしましょう」
 と言って、リンダはロアを見た。ロアもリンダを見上げた。
「ウフフ。大丈夫ですよ。私が預かりますから」
「そうですか? すみませんねえ。ロア、いい子にしてるのよ」
 リンダはロアの頭をなでた。ラウスはふきだしそうになるのを必死でこらえた。
「ロアっていうの? おいで、ロアちゃん」
「ニャーン」


 ラウスとリンダは塔を出ると、そこに待っていた電気自動車に乗った。それは自動操縦で、コロニー内をめぐっていくのだった。オープンカーなので、周りの景色がよく見える。このコロニーもまた回転によって重力を得るタイプで、空を見上げると向こう側の地面が見える。空の中心には人工太陽が輝いている。後方を見ると、そこにはさっきまでラウス達がいた塔が見えた。それは上の方に行くほど少しずつ細くなり、コロニーの中心からまた少しずつ太くなっていき、向こう側の地面に達している。
「あのゴランっていう人、意外と紳士的だったわね」
「そうかな、猫をかぶってるだけかもしれないぜ」
「猫」という言葉で、ラウスもリンダもロアのことを思い出した。
「ロア、大丈夫かしら」
「なに、あいつだってプロだ。心配はいらないよ」
「要塞」というイメージを持っていたので、周りの景色にラウスは驚いた。それは「要塞」というよりむしろ「居住区」という言葉があてはまっていた。しかも意外だったのは、緑の部分が結構多いことだ。ラウスが横を見るとそこには木々や草花に囲まれた公園があり、見たこともないだぶついた白い衣を着た子供達がはしゃいでいるのだった。
 草花の周りには蝶さえ舞い踊っている。あの蝶はわざわざ地球から持ってきたのだろうか。
 それと対象的に、会社や、銀行や、マンションといった人工的なものもあるのだが、それらはみな緑との調和を保っている。
「あっ、あれを見て!」
 リンダが指さす先に、大きな広場が見えた。そこには大勢の人々が集まり、一つの像の前に土下座していた。
 それはゴランの像だった。
「皇帝、ゴラーン! 皇帝、ゴラーン!」
 人々は何度もその像に向かって頭を下げ続けるのだった。ほとんどが地球人だが、中には異星人の姿も見える。
「この人達、ゴランの信者かしら?」
「こいつらだけじゃなく、このコロニー内の人間全部がそうかもしれないぜ」


 一方、ロアはアガスタシアに抱っこされて、頭をなでられていた。時間の経過に合わせて人工太陽は光度を落とし、やがて、コロニー内に夜がやってきた。今は部屋の中に灯るシャンデリアの光が、人工太陽のかわりをしている。
「お風呂に入ってくるから、ちょっと待っててね。一緒におねんねしましょうね」
「ニャーン」
 アガスタシアが風呂に入り、やがて、シャーッというシャワーの音が聞こえてきた。
 ロアはソファからすっくと立ち上がり、部屋の中を物色し始めた。机の引き出しを一つ一つ開け、洋服ダンスの中を調べ、ベッドの下をのぞきこむ。やがて机のそばに置いてあるバッグに気づき、それを開けて中をのぞいた。
 ロアはその中から電子手帳を取り出した。カチャカチャとキーを叩くうちに、彼女の住所や電話番号や、キャッシュカードの暗証番号といったものが、次々と表示されていった。そしてロアは、目的のものを見つけた。
「SDES−2:アカウント名、agastashia。パスワード、mongomery」

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