破壊工作


  ハッカー

 トントン、トントン。
「うーん、うるさいなあ」
 トントン、トントン。
「はいはい」
 ラウスは部屋のドアを開けた。そこにはロアと、寝ぼけまなこのリンダが立っていた。
「ラウス、行きましょう。三百階です」
 と、ロアが言った。
 ラウスは眼をごしごしとこすった。コロニーの人間がすっかり寝静まっている時間帯である。
 三分後には、ラウス達はエレベーターに乗りこんでいた。二百階を過ぎたあたりからだんだんと体が軽くなっていくのを感じ、ついに三百階では無重力状態となってしまった。ここは塔の中心部なのである。
 エレベーターを降りた三人は、空中を泳ぎながら、マシン室に入っていく。人々が寝静まっても、マシン達は徹夜で働き続けている。ロアは、端末のうちの一台に近づいていく。
「>」というプロンプトがまたたき、まずロアが、続いてあとの二人が、モニター画面に顔を近づける。
 カタ、カタ、カタ……。ロアがキーボードをうつと、画面に
「login agastashia」
  の文字が現れた。ロアがリターンキーをうつと、
「password:」
 の文字が現れる。
 カタ、カタ、カタ……。
「mongomery」
 タン! とロアがリターンキーをうつと、こんなメッセージが表示された。
「Welcome to SDES system. Your access level is 2.(SDESシステムへようこそ。あなたのアクセスレベルは2です。)」
「レベル2ってどういうこと?」
 と、リンダがささやく。
「つまり、この階級ではSDESのレーザー発射を止めることはできないという意味です」
「ええっ?」
 マシン室の端末は、ネットワークによってSDESの頭脳であるコンピュータシステムにつながっている。ただし、SDESへのアクセスにはレベルがあって、レベルが高いほどSDESに重要な指令を与えることができる。最も低いレベル4、つまり一般の利用者では、ただSDESの各種の「状況」を、見ることだけが許される。SDESを発射できないようにすること、といった重要な命令は、レベル1、つまり特権行使者でなければできない。
 しかし、ロアは落ち着きはらっている。
「レーザー発射を止めることはできませんが、ワープを働かなくすることくらいだったら、このレベルでもできます」
「なるほど、ワープが働かなきゃ、地球を攻撃することはできないもんな」
 と、ラウス。
 カチャ、カチャ、カチャ……。
 ロアはしばらくキーボードと格闘していたが、やがて、
「ありました、このファイルです」
 とつぶやき、次のようにうちこんだ。
「delete warp system file(ワープシステムのファイルを削除せよ。)」
「これで、ワープシステムは使用できなくなりました」
「でも、そのくらいだったらすぐに見つかって、あっという間に復旧されてしまうんじゃないかしら。根本的な解決にはならないわ」
「そこで、です」
 ロアはポケットからキラキラ輝くディスクを取り出した。そしてそれを、端末のディスク挿入口に差し込んだ。
「トロイの木馬を、ワープシステムの中枢部にしかけます」
 カタ、カタ、カタ……。ロアの短い指が、キーボードの上をおどる。
「ああ、知ってるわ。コンピュータ・ウィルスのことね」
「いや、コンピュータ・ウィルスというと、ちょっと意味が違うのですが、トロイの木馬というのは普段はじっとしていて何も悪さをしないのですが、ある条件がそろうと突然活動し始めるというものです。例えばクリスマスの日になると突然画面が消えて、Wメリー・クリスマスWと表示される、とかね」
 モニター画面に、
「loading...」
 と表示され、やや間があって、
「complete.」
 と表示された。
「これは、ファイルシステムを常時監視していて、今削除したワープシステムファイルを復旧しようとした途端に活動を開始します。こいつが活動中にワープシステムを作動させようとすると、とんでもないことが起きます。SDESだけでなく、その近傍の空間にあるもの全てをワープさせてしまうのです」
「すると、どうなるんだい?」
 ロアはただ、ニヤリと笑ってみせただけだった。


  脱出

 翌日、ラウス達がゴランへの謁見を許されたのは、昼食が終わった後である。
「まず、政府の体制についてであるが……」
 と、ゴランは話し始めた。ゴランの指示は、かなり細かい部分にまで及んでいた。議会はどのような体制にすればよいか、裁判所はどう、警察はこう……。
 なにしろ七百年もの間夢想し続けてきたことなのだから無理もない。いいかげん飽きてきたところで、「何か質問は?」と聞いてきた。ラウスは壇上のゴランを見上げて言った。
「ところで陛下、もしも地球を攻撃するとしたら、それはどのような形で行われるのでしょうか」
「なに、このボタンを押すだけだよ」
 椅子の肘かけの部分に、小さな、プラスチック板の小窓があり、その中に赤いボタンが収まっている。キーボードからゴチャゴチャ打ち込まなくても、そのボタンを押すだけで、SDESに攻撃命令が下されるのだ。
「このボタンは指紋を識別するようになっている。だから私以外の者が押しても効果がないのだよ」
「よく、見えませんな」
 ラウスは伸び上がってみせた。
「ハハハ……。遠慮はいりません。近くへいらっしゃい」
 ラウスは段々を上がっていき、ゴランのそばに寄った。
「でも今地球を消滅させてしまったら、あなたも生まれてこないことになってしまいますよ」
「タイムパラドックスの問題に関しては、私もよく分からん。ひょっとするとその瞬間に、私も消えてなくなってしまうのかもしれない。でもね、私はそれでもいいと思っている。そのくらいの覚悟は、できているのだよ」
「あなたが消えてなくなるのはかまわないが、地球が消えてなくなるのは、やはり困りますな」
 ラウスはいきなり銃を取り出し、ゴランに突きつけた。リンダとロアも銃をとり出して周りの人間に向かってかまえた。
「何の真似だね」
「ゴラン。今こそ我々の正体を明かそう。我々はネゴシエイターとして派遣されたが、本当は破壊工作員だ」
 ゴランはムスッとしたが、やがて高らかに笑いだした。
「アッハッハッ! 愚かな人達だ」
「ぐあっ!」
 いきなり手に激痛が走り、ラウスは銃を落とした。
「キャアッ!」
「うわっ!」
 同じ現象が、リンダとロアにも起こった。ゴランの超能力なのか、あるいは特殊な装置がしかけられているのか、さっぱり分からない。
「警備兵、この三人を連行しろ!」
 二人の黒ずくめの服装の男が、ラウス達の背中に銃をおしつけた。
「さあ、歩け!」
 ラウス達は両手を上げて、警備兵にうながされるままに歩いていき、エレベーターに乗せられた。警備兵の一人が「地下一階」のボタンを押すと、エレベーターは猛烈な勢いで下っていった。
 チーン。
「さあ行け! お前達はコロニーの外へ放り出されるのだ」
 ラウス達は両手を上げたまま、長い廊下を歩いた。突然ラウスは振り返ると、警備兵をぶん殴った。リンダも肘で、もう一人の警備兵の腹を打った。
「ま、待てっ!」
 ラウス達は走りだした。警備兵もその後を追いかける。
「待てっ! 止まらんと撃つぞっ!」
「リンダ、頼む!」
 ラウスの言葉にリンダはうなずき、くるっと振り返った。
「うわっ!」
 突然、警備兵の一人の足首に奇妙な力がかかり、すっ転んだ。もう一人もそれにぶつかって転倒した。
「走れっ! 格納庫はこの先だ!」
「待てえーっ!」
 警備兵とラウス達との距離が、だんだんと縮まっていく。リンダは再び、くるりと振り向いた。
 ガシャーン!
 非常用のシャッターが突然降り、ラウス達と警備兵の間を隔てた。
「おいっ! 何とかしろっ!」
 警備兵の一人が、もう一人に向かって叫んだ。
「だめだ! 開かない!」


 格納庫にたどり着いたラウス達は、急いで宇宙船に乗りこんだ。
 ブゴォーッ!
 宇宙船はものすごい音をたてながら、コロニーから飛びたった。

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