対決 危機 「できるだけ遠くに逃げましょう」 と、ロアは言った。 宇宙船は徐々にコロニーから遠ざかっていった。後部スクリーンに映るコロニーが、少しずつ小さくなっていく。その時、スピーカーからゴランの声が響いた。 「君達はSDESを放っておいて逃げるのかね。まあ、それもよかろう。そこで一部始終を見届けるがよい」 その時、コロニーの塔の百階では、ゴランが肘かけのプラスチック板に手をかけつつあった。ゴランの左手の中指が、プラスチック板をスライドし、赤いボタンに触れた。 「愚かな人類よ、罰を受けるがいい!」 ついにボタンが押された。太い棒状の光が放出された。だがしかし、それはむなしく虚空へと消えていった。 「なんだこれは。一体どうなっているのだ!」 「ワープ装置が作動しません」 ゴランの椅子の背もたれに組み込まれているスピーカーから、マシン室のオペレーターの声が聞こえた。 だがしかし、ゴランは不敵に笑うのだった。 「ハッハッハッ! トベリバ君、君達の仕業だな。だがな、私はこのような場合もちゃんと計算に入れておった。なにしろ私には考える時間が七百年もあったのだからな。 SDESのレーザー発射を止められるのはレベル1の利用者、つまり私だけだ。だとすると他にどんな事が考えられるだろうか。一番考えられるのは、ワープを止めてしまうことだ。 トベリバ君、私がこのような場所に帝国を築いた本当の理由を教えよう。それはもしワープ装置が働かなくなったとしても地球を攻撃できるようにするためだ。あのブラックホールの先はどこにつながっているか知っているかね? 別に破壊するのは現在の地球ではなく、過去の地球でもかまわないのだよ」 「あいつ、ブラックホールに撃ち込むつもりだ!」 ラウスは叫んだ。 「リンダ、SDESのレンズの角度をあなたの超能力で変えることはできませんか? ほんの五度ほどでいいんです」 と、ロアが言った。 「おいおい! レンズっていってもものすごい大きさだぜ。あんなもん、ビクともするもんか」 コロニーが、下方に向かってゆっくりと回転し始めた。 「大丈夫。やってみるわ」 コロニーの角度はもう四十五度くらい傾いている。 「リンダ!」 「い、ま、やっ、て、る、わ……よ……」 リンダの額から、汗がポタポタと滴り落ちる。 ついにコロニーはブラックホールの方に向いた。 ビカーッ! 波長の整ったレーザー光線がレンズで収束され、強力な光の束となって射出された。 光の筋がブラックホールに向かって一直線にのびる。 「ああっ!」 だがしかし、間一髪のところでそれはブラックホールをかわした。 リンダはぐったりと背もたれにもたれかかった。 決着 「君達はこしゃくな事をする人達だな」 スピーカーからゴランの声が聞こえた。 一方、ゴランの耳元にはオペレータの声が聞こえてきた。 「原因が分かりました。やつら、ワープシステムファイルを削除したようです。すぐにマスターディスクの方から戻します」 「それはすぐにできるか?」 「はい……完了しました」 「ハッハッハッ! トベリバ君、君達の努力も無駄に終わったようだ。今度こそ地球を撃とう」 「しかしゴラン様、レーザーを二発も撃ってしまったので、もはや地球までワープさせるほどのエネルギーが残っていません」 「ではやはり、過去の方の地球を破壊するとしよう。ブラックホールの近傍にワープさせて、真近から撃つとしよう。今度は的をはずさないぞ。SDESはもったいないが、仕方がない」 リンダはぐったりしている。ましてやブラックホールにまでワープされたのでは、とうてい超能力は及ばない。 「ワープ位置修正、完了しました」 と、オペレータ。 「今度こそ最後だ。さようなら、地球人」 赤いボタンが、ぐいと押しこまれた。 だがしかし、次の瞬間、ゴランの予期しなかったことが起きた。SDESだけでなく、コロニーまで一緒にブラックホールの近くにワープしてしまったのだ。コロニーがついている場合と切り離されている場合とで質量も、重心位置も大きく異なるため、コンピュータの計算に大きな狂いが生じた。SDESはコロニーごと向きを変えてしまい、レーザーは全く的はずれな方向に発射された。 コロニーは恐ろしい勢いで分解され始めた。 「うわあーっ」 絶叫しながら、ゴランはバラバラに引き裂かれた。 「あ、光った」 とリンダがつぶやくのに続けてロアが、 「爆発したようです」 と言った。 「やった! やったわ!」 はしゃぐリンダとは反対に、ラウスはとても疲れたという表情をしながら言った。 「そうかな? 俺達はコロニーに住む何の罪もない他の人達も犠牲にしたんだぜ」 「仕方がありません。私達の仕事というのは、そういうものです」 「ロア、君はこうなることを予想してたのかい?」 「ええ。ブラックホールの先が過去の地球につながっていて、しかも現在の地球が撃てないとなれば、どうしようとするかぐらいはだいたい想像がつきますからね」 ラウスはぐったりと、椅子に身を沈めた。 「フーッ、煙草吸ってもいいかな」 「こんな所でのんびりしていると、長官にしかられてしまいますよ。早く帰って報告してあげましょう」 「待って。トリトンのWインナーヘブンWで遊んでいって、それから地球に帰りましょうよ」 虚空の皇帝 永遠の命を持ったがために、ゴランは死ぬことができなかった。肉体を失っても、まだ意識体となって生きていた。 彼は人々の頂点に立つべき人間ではない。この誰もいない虚空でこそ、皇帝と呼ぶにふさわしい。 ある種の実験によると、魂にも質量があるのだそうだ。 質量がある以上、万有引力のくびきから逃れることはできない。 ゴランは再びリング状の特異点に向かって、落ちていった。だが今度は前のようにはうまくいかなかったようだ。ゴランはリングにつかまり、ぎゅうぎゅうと圧縮されていった。もちろん、二度と逃れることはできない。 ブラックホールにも寿命があり、最後には爆発してしまうのだという。そうすれば再び自由の身になれるのかもしれないが、それまではずっと、この「檻」の中に閉じこめられたままである。 しかし彼が自由になるまでには、絶望的な時間がかかりそうだ。 なにしろ十億トン程度のミニ・ブラックホールでさえ百五十億年も生き続け、小惑星ほどの重さのブラックホールでさえ、百万年の百万倍のそのまた百万倍以上も生き続けるのである。 |