「ベルノラ星に行って来たんだって?」
 見上げると、そこには友人が立っていた。
「ああ」悪いか、と私は心の中で毒づく。
 友人は隣の席にこしかけると、私のグラスをちょいと指差して、「マスター、俺にも同じものを」と言った。
「しかしお前も趣味が悪いな。よりによってベルノラ星とは……」
「いや、割とおもしろい星だったよ」私は涼しい顔をして言ったが、本当は思い出すだけでも苦いものがこみ上げてくる。酒がまずくなってしまった。
 星間調査員というのは大変な仕事だ。頼まれればどんな僻地にだって、行かなければならない。空調の効いた部屋で、論理ばかり追求している数学者の友人には、分からないだろう。しかし、私くらい階級が高くなると、行きたい星を自由に選ぶことができる。ベルノラ星を選んだのは、まったくの気まぐれだったと言える。
「すごいとこなんだろ? なんでも生物同士が絶えず殺し合いをしてて、辺り一面血の海なんだとか……」
 友人はベルノラ星に対してひどい偏見を持っている。しかしそれも無理のないことだ。ベルノラ星には文明というものがないことはない。しかしひどく未熟で、住人は攻撃的で、たいていの星間調査員は行くのを嫌がる。
「いや、そうでもないよ。住人はいたって温厚で、僕は丁重にもてなされたよ」
「……で、食ったのか」
「ん?」
 友人は興味津々という顔をした。
「食い物だよ。ベルノラ星の」
 私は酸っぱい顔をした。他のことならベルノラ星の弁護をしようという気にもなる。しかし食べ物だけは……。今でも思い出すだけで喉に固いものがつっかえる。
「あそこは景観もいいし、酸素もあるし、大気に毒性成分もそれほど含まれてないから、呼吸もできる。住人もそれほど奇怪な姿形でもないんだが……食べ物だけは、な」
「そうそう、そうなんだってな。で、どんなもんだった?」
「僕はね、現地人達に聞いて回ったり、帰ってきてからあちこちの機関で調べたりしたんだよ。自分が食べた気味の悪いものはなんだったんだろうって」
「で?」
「ひどい……食い物だよ」ゾッと悪寒が走って、思わずブルッとふるえた。
「ベルノラ星のニヒティヒが成長して、やっとできた卵を大量にもぎとってね、まだ生きているそいつらを水の中に入れて、高温、高圧で蒸し殺すんだ」
 友人の顔がゆがんだ。
「他の、もっといろいろな種類のニヒティヒの卵をごちゃまぜにして、ひきつぶしてね、火にくべて、どろどろの液状にするんだ。そいつをね……その毒々しい茶色の液を、さっきの蒸し殺したやつ……白くなって単なる粒々に変わり果てたのがびっしりと詰まっているんだがね、その上にかけるのさ」
「ひどいな……」友人の顔が青ざめてきた。「ニヒティヒの子供を蒸したり、すりつぶしたりして食うのか。なんでそんな残酷なことするんだろ」
「なぜってことがあるもんか。その民族にとってはそれが文化なんだからね。それが例え、その民族より高度の文化を持った民族から見て、恐ろしく野蛮なものだったとしてもね」
 とは言うものの、私だってあんな食い物は二度とごめんだ。友人は手で腕をさすり、それからグラスをつかむと、ごくりと喉に流し込んだ。 
 私は彼をもっと脅かしてやろうと思った。
「まだ続きがあるんだがね」
「まだ続きがあるのか!」友人は目を見開いた。
「ああ、彼らはベルノラ星のおとなしい哺乳類や鳥類をなぶり殺しにして、その体を切り刻んで焼いて、そのどろどろの上に乗せるんだよ。それだけじゃない。ベルノラ星のニヒティヒの場合、卵が成長するために必要な栄養分がたっぷりつまった袋に包まれて生まれてくる場合が多いんだが、彼らはその袋を切り刻んだものさえ添えるんだ」
「横取りするのかっ!」友人の声が大きくなった。他の客が怪訝そうな顔で私達を見る。
「他の種の子供のための栄養分を、横取りするのかっ!」
 まあまあ、となだめる。
「彼らはそれを実にうまそうに食うんだよ。味なんか滅茶苦茶だ。でもせっかくもてなしてくれているんだから、僕も気色悪いのを我慢して全部食ったよ。……トイレでもどしたがね。後にも先にも現地で出されたものを食ったのはそれ一回きりさ。あとは非常用食糧だけでしのいだ」
「ひどいな。その星……なんて言ったっけ?」
「ベルノラ星だよ」
「そうじゃないよ。現地語でだよ。たしかひどく品のない名前だった」
「地球のことか? 彼らは自分達の星をそう呼んでいる」
「地球か! やっぱり。ああ、なんて品がないんだろ」
 私の話は友人のベルノラ星への嫌悪感を、すっかり増幅させてしまったようだ。ちなみに、ニヒティヒと言う学名は、知らない人が多いかもしれないが、現地語の「植物」という名前だったら知っている人も多いだろう。
「でも地球の、僕が行ったエリアでは、その食物はかなりポピュラーな料理だったようだよ。確か現地語で、カレー……なんとか言ったな」
「それこそおぞけをふるうね。老若男女、みんな喜んでそいつを食うんだぜ。どうせ他の食い物だってろくなもんじゃないだろ」

 私が友人にした話は、明日にでも報告書にまとめて提出する予定である。
 もしも当のベルノラ星人達が読んだら、どう思うんだろ、と思いながら、私はグラスを掲げ、額の筒にエチルアルコールを流し込んだ。

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