小説というものは、いろいろな本を読んで得た知識だけでも、それなりのものが書ける。しかし、本だけでは得られないような知識を盛り込みたいために、取材をする場合もある。 小説家である私は、知り合いの作家のコネを使って、矢吹氏に取材の許可をとりつけた。 日本での様々なUFO目撃の記録を調べているうちに、不思議な壺の記録を見つけた。 それがどうも宇宙人の何かの道具らしいのである。 私はこれを題材に小説を書こうと思いたったのだ。 さらに調べていくうちに、それは現在、大変な財産家である矢吹氏が所有していることをつきとめたのである。 そして今、私は矢吹邸に向かっている、というわけである。 「まあ、状況の設定としては、そんなもんだろうな」 車を運転しながら、私は独り言をつぶやいた。 矢吹邸は、鬱蒼とした森の中に建っている大きな古い洋館だった。 「日本にもこんな所があるのか」と驚いたほどである。 車が着く前から門の所で待っていたらしい矢吹氏は、私の姿を見るなりおじぎをして、「初めまして、私が矢吹でございます」と言った。 手足と背筋をきっちりと伸ばし、まるでぴったり三十度曲げているんじゃないだろうかと思わせるようなおじぎの仕方と、ひどく礼儀正しい口調に、私は違和感を覚えた。 それだけではない。矢吹氏はタキシード姿に蝶ネクタイという奇妙な服装だった。 なんでそんな服装なのだろうか。私を迎えるため? まさか……。 「あ、ど、どうも。作家の沢田といいます」 どぎまぎしながら微笑みかけたが、矢吹氏は無表情で、しかも遠くを見るような目つきで私の顔を見るのだった。 「さ、こちらへどうぞ」 私は矢吹氏について歩きだした。 歩き方もどことなく変だ。うまく説明できないが、足を上げる時が遅く、降ろす時が速いような感じなのだ。 「コートをこちらへ。外は寒かったでしょう。今、暖炉に火をつけますので」 私は驚いたのだが、そこには本当に暖炉があるのだった。 現代の、しかも日本の家屋に暖炉があるというのは、なんだか奇妙な気がした。 まあ、これぐらいの大金持ちの家なら、そんなものがあっても不思議ではないのかも、などと思う。 まてよ? そうすると、このくそ寒いのに今まで暖炉に火がついてなかったのか? ソファにかしこまっていると、矢吹氏が紅茶を運んで来た。 「この広い屋敷にお一人で住んでいるのですか」 矢吹氏はそれには答えず、「紅茶をどうぞ」と言って、カップをテーブルに置いた。 その動作がまた変だ。 ディスコなんかでロボットの真似をするダンスがあるが、あれを彷彿させるものがあった。 「あ、分かったぞ!」と私は心の中で言い、顔をニヤニヤさせた。 「言っておきますが」 「へ?」 「私、ロボットや宇宙人ではありませんので」 思わず紅茶を吹き出しそうになった。 「あ、いや、そういうつもりじゃ……」 私は笑いを引っ込めた。 「よく言われますのでね」 なんだ。そういうオチではないのか。 私はちょっとがっかりした。まあ、確かに「実は矢吹氏は宇宙人でした」では、読者も納得すまい。 しばらく話をした後、問題の壺を見せてもらうことになった。 「では、参りましょう。あれは地下にありますので」 矢吹氏が先に立ち、地下への階段を降りていく。 随分長い階段である。壁には、なんだかよく分からないシュールレアリスムの類の絵が並んでいる。 その中に、私でも知っている絵を見つけた。 ムンクの「叫び」である。その絵の中の叫んでいる男の顔が、突然ニターッと笑いだした。 それと同時に階段が揺れだした。 「うわー!」 地震かと思ったが、そうではない。矢吹氏の体は揺れていない。どうやら揺れているのは階段の方ではなく、私の方らしい。 私は尻もちをついた。 「大丈夫ですか?」 矢吹氏が声をかけた時、揺れはおさまり、また絵も元に戻っていた。これは、ひょっとしてあれか? 階段を降りきると、矢吹氏が突然言った。 「これは夢ではないのですよ」 「えっ!?」 「ほら、ご覧なさい」 矢吹氏がポケットから取り出したリモコン装置のボタンを押すと、ムンクの絵が笑い、階段が揺れ始めた。 「私は人を驚かせるのが大好きなんですよ。この装置は趣味で作ったものです。私は慣れているから揺れずにふんばっていることができるのです」 なんだ、「全ては夢でした」というパターンでもないのか。それにしても悪趣味なじいさんだ。 矢吹氏は銀色の、何の模様も入っていない壺を大事そうにかかえ、見事な大理石のテーブルの上に置いた。 「これは私の祖父のそのまた祖父が、ある人から買い取ったものだそうです。これは祖父から聞いた話ですが、ある日その人の近所の山にまばゆい光を放つ球体が降りてきたそうです。急いで駆けつけてみるとそこには二人の異星人がいて、その人の姿を見た途端慌ててUFOに乗りこんだそうです。UFOはそのまま飛びたってしまいました。その時異星人が落としていったのがこれだといいます。何の道具だかさっぱり分かりませんが」 だがしかし、それは特別な鑑定の知識を持っていない私にさえ、すぐに偽物だと分かるような代物だった。第一そんなに古くない。矢吹氏は知っててからかっているのだろうか? それとも本当に宇宙人の道具だと信じ込んでいるのだろうか? 矢吹氏は相変わらず無表情である。 私はそそくさと話を切り上げ、「どうもわざわざ貴重なものを見せて頂きまして、有り難うございました」と礼を言った。 矢吹邸を後にした私は、ブスッとして車に乗りこんだ。 壺が偽物だったからではない。せっかく奇妙な人物設定や舞台設定をしておきながら、何のオチもなかったことに腹を立てているのだ。 車のエンジンをかけながら、私は、今日が診察日であることを思い出し、そのまま病院に向かうことにした。 「なるほど、小説世界と現実との区別がつかなくなってしまったわけですね?」と精神科医は言った。 ああ、そういうオチか、と私は納得した。 |