核戦争によって、地球は死の星と化した。生き残った数少ない人々は、地球と決別する決意を固めた。その中で科学者や技術者の数となると、ほんの一握りにすぎなかったが、彼らの不眠不休の努力によって、作業は急ピッチで進んでいった。しかし、その間にも、さらに多くの人々が死んでいった。
 最後まで残った人々だけが、火星行きの切符を手に入れた。
 そこまで減ったにも関わらず、全人類を火星のコロニーに収容することは不可能だった。そのうちの二割程度の人達は、スペースコロニーに住むことになった。
 スペースコロニー、パラダイス3。それは、直径六.五キロ、長さ三十二キロメートルという巨大な円筒で、円筒の中心軸の周りを百十四秒に一回の割合で回転している。
 内壁での遠心力が、地球とほぼ同じ重力を作りだす。人々はその、内側に円く曲がった"大地"に住むのだ。
 コロニーの自転軸は太陽の方に向いていて、太陽と反対側の端に、自転軸に対して斜めに、三つの細長い鏡がつけられていて、日の光を反射し、コロニーの窓の部分から入射し、コロニー内に"昼"を作り出す。
 最初の日、パラダイス3の指導者の演説がコロニー内に響き渡った。
「みなさん、私達はきびしい環境を選択したと言わざるを得ません。火星のコロニーには火星という天然の、安定した大地があります。それに比べ、ここは全てが人工のものであります。ほんの少しの計算の狂いや、ささいな事故によって、我々全員の命があやうくなるのです。みなさん、ここはほんの少しの間、宇宙線という"雨"をよけるための、"雨やどり"の場だとお考え下さい。私達は火星のコロニーが私達を受入れてくれる程に拡張するまで、何とかここで生活していかなければならないのです」
 スタートは順調だった。一週間がたち、一ヶ月がたち、やがて一年たった。
 スペースコロニーでの生活は、予想よりもはるかに安全ではないかと思い始めた人々の安心を断つように、その事故は起こった。
 小隕石が、コロニーの鏡がある側の端の近くに激突したのだ。
 幸いにも外壁に穴は開かず、軌道にも影響は出なかったものの、通信機器に被害が出てしまい、火星との連絡が全く途絶えてしまった。
 それがどんなに恐ろしいことかがすぐに分かり、人々は大混乱に陥った。なにしろ火星側からパラダイス3の正確な位置がつかめなくなったために、シャトルが航行してくることが不可能になってしまったのだから。
 パラダイス3の設計時、自給自足ということは全く考えていなかった。むろん、火星からの資材の供給がなければ、通信機器の修復さえ不可能だった。


 火星の人々が必死に努力してパラダイス3を発見できた頃には、すでに二十年の歳月が経過していた。パラダイス3の人々の生存は、とうの昔に絶望的とみられていた。
 シャトルから調査隊がスペースコロニー内に侵入した時、当然荒廃しているだろうと思われた内部は、意外にも整然としていた。
 事故や、火災や、暴動の跡などは全くなかったのだが、人間が全くいないのだった。
 白骨化した死体だとかお墓といったようなものも、全くないのだった。
「まるでマリー・セレストだな」
 調査隊の一人が言った。
「なんだい? そりゃ」
「有名な船の名前さ。一八七二年、ポルトガル沖を漂流しているところを発見されたマリー・セレスト号は、たった今まで船員達が生活していたような様子を残したまま、船長はじめ乗組員全員が消え失せていた。士官室では料理の支度が整い、まだコーヒーから湯気がたちのぼっていたという。船員達がどうなってしまったのか、全く分からない」
「へえー。気味悪い話だな」
 しかし、その謎の答えは、たった一人だけ生き残っていた人物から聞くことができたのだ。
 司令センターで発見した、がりがりに痩せ細った小さなその老人は、かってのパラダイス3の指導者だった。
 他の人達はどうなったのかという調査隊の問いに対し、老人は静かに語り始めた。
「最初に問題になり始めたのは食料だった。人々はどんどん飢え始めた。私達は比較的早い時期に、決断を迫られたのだ。餓死者が増え、ついに人口が三分の一にまで減った時、計画が実行された。人々は冷凍され、分解され、大量のDNA情報を取り出された。DNAレベルにまで分解された個体情報は、電波に変換されて、めったやたらの方角へ放射された。もちろん火星にも。どこかの星の知的種族がそれをとらえ、再び生命として再生してくれることを期待しながら、長い長い旅に出たのだ。私だけが、ここに残った。船長が、沈みゆく船と運命をともにするように。残りの電気的なエネルギーも、食糧も少しだったが、私一人をまかなう分は十分にあった。燃すためのエネルギーもないので、死体は全てカプセルに入れて宇宙空間に放り出した。エネルギーの節約のために、自転のスピードを少しずつ落としていった。そのために重力が減り、それに合わせて私の体ももろくなっていった。ごらんなさい。そのためにこのようになったのです」
 老人は細くなった腕を広げてみせた。
「私は生き続けなければならなかった。やがて来るあなた達に、伝えるために。私達が滅んだのではないことを。種をまいたことを。私は務めを終えた……今、私もまたやっと旅立つことができる……」
 疲れはてた老人はゆっくりと目を閉じ、永遠の眠りについたのだった。


「でっかいねえ」五郎は目をうるませた。「正さんの話はいつ聞いてもいいねえ」
 SF作家を目指した私だったが、本などそう簡単に売れるはずもなく、今はこんな身分にまで落ちてしまった。そんな私の唯一の楽しみは、浮浪者仲間の五郎に私の話を聞かせてやることだった。
「だろう? この宇宙に比べれば人類なんてちっぽけなものさ。そう考えると今の俺達の生活だってたいしたことないやって気になってくるだろう?」
 そんな事を話しているうちにどうやら外の雨もあがったようだ。
「さて、晴れたことだし、外に出ようか」
 私達は雨やどりのための円筒形のもの……
 空き地に捨てられた土管の中から、もぞもぞと這い出した。

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