序 これはある時代の、ある国での物語である。 パズル狂で大富豪のオルロフの趣味は、刑務所から囚人を買い取り、彼が作ったパズルを解かせることである。パズルを解けた者には自由が、解けなかった者には死が与えられるのだ。 今までに彼のパズルを解けた者は一人もいない。 エリックは、政府の圧政に苦しむ人民を救うために戦う解放軍の一員だ。政府の卑怯な罠にかかり、とらえられてしまった。 ビクターは、エリックとは別の解放軍に所属していたが麻薬中毒となり、ついには無実の罪をきせられ投獄されてしまった。 リサは、女性にして技術者だ。いつもドライバーとペンチを持ち歩いている。かなりの腕前で、ちょっとした機械の修理ならその場でやってしまう。政府を一網打尽にする兵器の開発に手をかしたため、捕まってしまった。 ヨシダは記憶屋だ。それは何GBもの情報を頭にインプットして運ぶ情報屋である。ある政治家の汚職にからむ情報を解放軍に運ぶ途中で、捕まってしまった。 エリック達4人は何のつながりもない赤の他人同士だが、政府に反抗したという点で共通しており、またそのためにオルロフに売りとばされたのだ。 エリック達は警備兵に連行されてオルロフのパズル洞窟の中に放り込まれた。さらに爆破によって入口は大量の岩石で閉じられてしまった。 その時、低い、太い声が洞窟内に響き渡った。その声は自分はオルロフだと名のった。そして、彼ら4人がこのゲームに参加することになったいきさつを説明するのだった。 オルロフ 「……というわけだ。君達はこの洞窟内を探索し、ゴールをめざすのだ。そしてそのためには、途中に用意されている3問のパズルを解かねばならない。全てのパズルをクリアすることができれば、君達を解放することを約束しよう」 「ふざけるな! 一体何のためにこんなことをするんだ!」 エリックは怒鳴った。しかしその声を無視してオルロフはしゃべり続ける。 「この洞窟は厚い岩盤で閉ざされている。しかも空気がかなり薄い。この意味するところが分かるかね? そう、このパズルには制限時間があるということだ。君達が満足に呼吸できる時間は、せいぜい1時間位だと思ってもらいたい。それでは、頑張ってくれたまえ」 声はそこで途切れた。しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのはビクターだった。 「な、なんてこった。きっとどっかに隠しカメラがあって、お、お、俺達のことを見張ってるにちがいないぜ」 「とにかく急ぎましょう。こうしている間にも洞窟内の酸素がどんどん減っていくのです」 ニホンという国から来たというヨシダは、ひどく礼儀正しい口調で言った。 「待って。これを見て」 リサはなにやら小型の機械をとりだした。 「これは生命探知機よ。この赤い4つの点が私達。これは微生物や虫には反応しないから、他に人間、というか大型の動物はいないようね。そしてこの緑色の部分が岩盤、黒い所は空洞を表しているの。なるほど確かにオルロフのいう通り、ここは巨大な密室だわ。とにかくこれさえあれば、洞窟の様子がはっきり分かるし、私達がはぐれることもないわ」 「なるほど、マップですね」 ヨシダが生命探知機をのぞきこみながら言う。 「よし、じゃそいつを見ながら、早いとこ出口を探し出そうぜ」 と言って先にたって歩きだしたエリックは、どうやらこの4人のリーダーになりそうだった。 最初のパズル 灯がぼんやりと照らす一本道をしばらく歩くと、いきなり広い、明るい場所に出た。 「なんだこりゃ……」 きっちりとした正方形のその部屋の床には、大きなタイルが縦5枚×横5枚、計25枚並んでいる。そしてその1枚1枚に、「+2」とか「*5」といった記号が大きく書かれているのだ。 xxxxxxDOxxxxxx /7 −9 +9 −9 /3 /7 /7 −9 /0 *5 −5 *2 −8 /0 *2 +7 /7 /7 +6 /5 *2 −1 +2 −2 *3 xxxxxxSTxxxxxx DO:ドア ST:スタート地点 なお、W*Wは「かける」、W/Wは「割る」を表す。 その時、再びオルロフの声が響き渡った。 「さて、それでは第1問目に挑戦していただこう。君達が今立っている場所をスタート地点としよう。君達はタイルの上を歩いていってドアにたどり着けばいいのだ。簡単だろう? ただし、条件がある。まずタイル間の移動だが、現在いる地点に隣接する上下左右のタイルのうちのどれか1つにしか移動できない。つまり隣接するタイルをとびこして移動したり、斜めに移動することはできない。 ああ、上下というのは私から見た場合だ。君達にとっては上がドアの方、下がスタート地点の方ということになるのかな。 次に、これが重要な点だが、タイルを移動する時に計算をやってもらう。まず、スタート地点にいる時の君達の持ち点は0点だ。別のタイルに移動した際、今の持ち点に対し、そのタイルに書いてある計算を行い、新たに持ち点とするのだ。例えば君達の目の前のタイルに移動した時に+2を行って2点、次に左に移動したら−1を行って1点、さらにその上に移動したら/7を行って1/7点、というふうにだ。このようにしてドアにたどりついた時に、持ち点が0点になっていなければならない。 それともう1つ、1度通ったタイルは2度と通ってはならない。もしこの条件のうち1つでも満たさなかった場合、その場で感電死することを覚悟してくれたまえ。このパズルは1人ずつチャレンジしてもらう。ということは、4回のチャンスがあるわけだ。もっとも、4人目で成功したとしたらあとの3人は死んでいるわけだが。では、健闘を祈る。最初のパズルだから、かなり簡単にしたつもりだ」 声は再びとぎれた。4人の額にはじっとりと汗が浮かんでいた。最初に口を開いたのはエリックだった。 「さあみんな、だまってないで思いついたことをどんどん言ってくれ」 ヨシダが眼鏡をずり上げながら言う。 「私達の右斜め前にある、−2のタイルの上に置いてある金色のどくろが気になりますね。他のタイルには何も置いてないのに。あれはどくろを取れという意味なのでしょうか。それとも取るなという意味なのでしょうか」 ビクターが手をぶるぶるふるわせながら答える。 「こ、これがゲームだとすると、どくろは何かのア、ア、アイテムなんじゃないかな」 「取れという意味ですね」 「あのW/0Wっていうのは何かしら。計算できないような気がするんだけど」 リサが2人の会話に割り込むように言う。これに答えたのはエリックだ。 「たしかに、0で割るっていう計算は定義できないな。これは、最終的に計算結果が0になるっていう条件を満たさない。なにしろ途中で計算できなくなってしまうわけだからな。つまり、明らかに、このタイルは通るなって意味だ」 「あと、少なくとも私達の目の前にある+2のタイルと、ドアの前にある+9のタイルは必ず通ることははっきりしていますね」 とヨシダが言ったのを最後に、みんなだまってしまった。時間は冷酷にも過ぎていく。 さて、問題です。ドアに無事たどりつくには、どのような道順をたどればよいでしょうか? 第1問の解答 「−2のタイルの上に置いてあるどくろは、やっぱり、Wこのタイルは通るなWって意味じゃないかしら。だって、どくろって不吉だもの」 「そうですね。私もそう思います。どくろは死を意味しているのではないでしょうか」 「うん、そうだな。俺もそう思う。それじゃ、−2は通らないとして考えてみよう」3人がそういうとビクターはおろおろした。 「そ、そうかなあ。もっとよく考えた方がいいと思うけどなあ」 そんな声を無視して、エリックは自分の考えをしゃべり始める。 「まずドアの前の+9のタイルを見てくれ。その周りは−9で囲まれている。この−9は必ず通ることになる。ってことは、その直前に持ち点が0点になっていなければいけないわけだ。それともう1つ気がついたが、/7が結構いっぱいあると思わないか? どうもこいつも通っちゃいけないタイルじゃないかって気がするんだ」 一旦口をつぐみ、しばらく考えこんでから、再びしゃべりだす。 「最終的に……この場合は−9に移る直前に……持ち点が0点になるってことは、最後の計算が足し算か引き算で、その結果0点になるか、そうでなければもっと前に0点になっていて、あとは掛け算か割り算しかしてないかどっちかだ。いずれにしろ最後に行った足し算か引き算で持ち点が0点にならなければいけない。*0っていうタイルがないからそういえるんだけどね。ということは、その最後の足し算か引き算を行う直前の持ち点は、少なくとも整数でなければならないはずだ。分数に対して整数を足したり引いたりしても、0にならないからね。つまり、もし/7を通るとすれば、通る直前の点数は7の倍数じゃないといけないわけだ。持ち点が整数にならないからね。もし7分の何とかっていう点数を作ってしまったとすると、それを再び整数に戻すには7の倍数の掛け算をするしかないんだが、そういうタイルは見当たらない」 「例えば3/7という点数になったとして、あとから何とかして−3/7を足す計算はできないのかしら。−3をして/7をして……じゃだめなのか。このパズルのルールだとそういうのはできないのね」 「そう。そして全ての/7のタイルについて、その直前で7の倍数になることがあるかどうかを確かめることは、どくろを通らないという仮定でだいぶ範囲が限られるから簡単だ。計算してみるとやっぱりそういう場合はないんだ。だから結局、/7は通っちゃいけないんだ。/7を通らずに持ち点が0になるルートを探していくと……」 エリックだけが満足そうな顔をしている。あとの3人は今ひとつ説明がよく理解できていないらしく、不安そうだ。 「よし、分かった! みんな、俺が通るルートを見て覚えておいてくれよ」 エリックは歩きだした。あとの3人は緊張で石のように固まっている。 xxxxxxDOxxxxxx +9 −9 −5 *2 −8 +7 *2 −1 +2 xxxxxxSTxxxxxx ゴゴゴ……という音をたてて鉄製のドアが開いた時、ヨシダはため息をつき、リサは喜び、ビクターは口をあんぐりと開けていた。 オルロフの解 4人がパズルの部屋から出ると、再び重々しい音をたててドアが閉まった。それと同時に、オルロフの低い声が響き渡った。 「おめでとう。最初のパズルだから、簡単だったろう。それでももし君達が解けないといけないので、私はヒントとして黄金のどくろを置いておいた。この−2のタイルに注目すれば、パズルを解くことは簡単だったろう。つまり最初の+2とこの−2で持ち点が0点になること、右端の列には掛け算と割り算しか並んでいないこと、ドアの前の+9は−9で囲まれているために、−9のタイルに移る前の持ち点が0点になっていなければならないことにより、君達が通ったような道順になるのだ」 xxxxxxDOxxxxxx +9 −9 /3 *5 *2 /5 +2 −2 *3 xxxxxxSTxxxxxx エリックが叫ぶ。 「ちょ、ちょっと待ってくれ」 だがオルロフは、エリック達にしゃべらせまいとするかのように、しゃべり続ける。 「賢明な君達の手元には黄金のどくろがあるはずだ。それは第2問で必要なアイテムとなる。君達に残された時間はあまり多くはないぞ。急ぎたまえ」 オルロフが話し終えた時、みんな呆然としていた。 「私達の解とオルロフの解がくい違っています。どうしてでしょうね」 ヨシダは表情一つ変えずに言った。 リサはドアを開けようとしたが、ビクともしない。 「これじゃ、どくろを取りに戻ることもできないわ。どうしたらいいのかしら」 エリックが地面をにらみつけながら言う。 「奴には俺達が見えてないんじゃないか? 本当に隠しカメラで俺達を見張っているのか?」 ビクターがこれに反論する。 「も、も、もちろん見えてるに決まってるさ。オルロフがしゃべりだすタイミングと俺達の行動とはピッタリ一致しているぜ」 リサがくるりと振り向いて言う。 「こういうことも考えられるわ。あの声はテープに録音されたもので、センサか何かの前を私達が通過すると、自動的にテープが回りだすしくみになっているとか」 崖 どくろをあきらめ、歩きだした4人だったが、しばらく歩くと目の前に崖が現れた。高さ3mほどのその岩壁をよじのぼらなければ、向こうへ進むことはできない。 問題なのはその手前に深い溝が、パックリと口を開けていることだ。あまりに深くて底は見えない。 「よし、まず俺が行くぜ」 と言ってエリックが歩きだした。溝の幅は1mもないので、とびこすのは簡単だったが、壁をのぼる時はかなり緊張した。落ちれば命はない。ようやくのぼり終え、下に向かって言う。 「どうってことないぜ。早くのぼってこいよ」 「よし、じゃ次は私が行くわ」 リサは腕まくりをした。 「そ、そ、それ、持ってようか?」 「そうね。それじゃ頼むわ」 リサはビクターに生命探知機を手渡した。 リサもまた無事にのぼり終え、次にビクターがのぼりだした。だがしかし…… 「あっ!」 カラーンカラーンという音をたてながら、生命探知機が落ちていった。 四色の部屋 ヨシダがのぼり終えた時、あとのメンバーの間には険悪な雰囲気がただよっていた。 「す、すまない。手が、手がすべってしまって」 ヨシダがその場の雰囲気をなごませようとして言う。 「大丈夫ですよ。洞窟の地形だったら、ちゃんと覚えていますから」 + I I + I I + I + I I I I I +−+−+ I I +−+−+ I *現在位置 I I I + 「でも、今自分達が洞窟のどこにいるのか、これからは分からなくなるわ。それに、誰かはぐれてしまったら、もう見つけられないかもしれないわ」 「それじゃ、はぐれないように慎重に行動しよう」 と言ってエリックは歩きだした。 しばらく歩くと、道が分岐していた。そこには石柱が立っていて、「月の分岐点」と大きな文字で彫りこんであった。 そしてその時、オルロフの声が響いた。 「さて、第2問である。だがその前にアイテムを探してもらおう。兵士の恰好をした、銀色の人形を探したまえ。そして失われし者の台座に黄金のどくろを置くのだ。その時、第2のパズルが発動するであろう」 それだけだった。みんなあっけにとられていた。気をとりなおし、エリックはきびきびと指示した。 「とにかく人形を探そう。俺とリサは左、ビクターとヨシダは右だ。調べ終わったら、またここに戻ってくるんだ。よし、行こう」 エリックとリサはかなり長い距離を歩いた。 突き当たりに部屋があった。そこは、壁や床や天井が全て真っ青な部屋で、ど真ん中に堂々と石柱が立っており、「青の部屋」と彫りこんであった。 二人は部屋の隅々まで探しまわった。 「あった、あったわ!」 部屋の隅にうずくまっていたリサが歓声をあげた。 一方、ビクターとヨシダは少し歩いた後、第2の分岐点にさしかかった。そこにもやはり石柱が立っていて、「太陽の分岐点」と書かれていた。そこで道は3つに分かれていた。 「ビクターさん、手分けして探しましょう。私は右端の道を行きます」 「よ、よし、それじゃ俺は左端の道だ。調べ終わったら、こ、ここに戻ってくるんだ」 ビクターが太陽の分岐点に戻ってきた時、ヨシダはまだ戻ってきていなかったが、やがてトボトボと戻ってきた。ビクターが行った先には「黄色の部屋」があったこと、ヨシダが行った先には「緑の部屋」があったこと、くまなく探しまわったが人形は見つからなかったことを、お互いに報告しあった。 次に二人はいっしょに真ん中の道を通った。その先には真っ赤な部屋があった。他の部屋同様、真ん中に石柱がたっており、「赤の部屋」と書かれていた。 「あ、あれを見て」 ヨシダが指さす先の壁は一部くぼんでおり、そこに台座らしきものがあった。その側面にははっきりと、「失われし者の台座」と彫りこんであった。その台座の上には1枚のメモ用紙が置いてあった。二人はメモを読んだ。 「こ、こ、これ、これは……」 「急いで戻りましょう。エリックさん達に報告しなくちゃ」 ヨシダとビクターはエリック達が待つ月の分岐点へと急いだ。 出題されなかったパズル 腕組みするエリック。兵士の人形をしっかりと握りしめているリサ。おどおどするビクター。冷静沈着なヨシダ。台座をとり囲む4人は、台座の上のメモを見つめていた。 「私は愚かなミスをおかした。エリック君、私は君が考えたような、/7のタイルがどうこうという難しいことは、全く考えていなかったのだ。私は私が考えた解以外の解が存在しないことを、もっとよく吟味すべきだった。私は君達に第2のパズルを出すことをあきらめた。本当はどくろを置いてもらう予定だったこの台座は、無視してくれていい。台座の後ろにある大鏡をどかしたまえ。そこには先に進むための通路がある。少し歩くと、君達は地面に赤い丸印を見つけるだろう。それをふまずに進んでくれたまえ。もしふんでしまうと第2のパズルが発動し、どくろを台座に置かなかった君達は即死する。オルロフより」 その声から受ける印象に反して、オルロフのメモの文字はひどく乱れていた。慌てて書きなぐったようにみえる。 指示通り鏡をどかすと、そこにはポッカリと通路が口を開けていた。そして少し行くと、メモ通り赤い丸印が描かれていた。知らずに通れば、うっかりふんでしまう所だ。 「試しにふんでみましょうか」 「バ、バカッ! 黒こげになるぞ!」 ビクターがいきなり声をあらげたので、一同はビックリした。 「じょ、冗談ですよ、冗談」 ヨシダは、そんなに怒らなくてもいいのに、という表情をして言った。 「そうだな。丸印にふれたとたんに感電死するかもしれないな。慎重によけて通ろう」 エリックがフォローした。 難解なパズル 「私、息が苦しくなってきたわ」 弱々しく言うリサをエリックははげました。 「頑張るんだ。2問目がなくなった分、時間には余裕があるはずなんだ」 しばらく歩くとまたもや広い部屋に出た。 そこに入るなり、一同はギョッとした。そこには4人の人物がいた。生命探知機によれば、エリック達以外に人間はいなかったはずではないのか? だがしかし、よく見るとそれは精巧にできた4体の蝋人形だった。その時、一同が入ってきた入口の扉がガシャン! と閉じた。そして、オルロフの声が響き渡った。 「さて、最後の問題である。少し長くなるが、一度しか言わないのでよく聞いてほしい」 「長くなるってよ。ヨシダ、よく聞いて覚えておいてくれ」 エリックの指示にヨシダはうなずいた。 「これはある時代の、ある村の、ある農家の一室での話である。そこには4人の人物がいた。農夫のカザック、その妻ミゲル、神父のイワノフ、商人のアベルである。午前11時55分、彼らの目の前に金色の箱が現れた。そして未知の存在の声が、室内に響き渡った。それは、こう言った。W私は君達人間を観察する者である。私達は様々な時代、様々な地域の人間を選び、様々な実験を繰り返してきた。君達は選ばれたのだ。私は君達の前にタイムマシンを置いた。これは場所は移動できず、時間だけ移動できる。ただし、それは今日の午後12時から4時までの間だけだ。またこのタイムマシンは4時5分に消滅する。1人につき1度だけ、時間を移動することができる。Wと。では、次に、この部屋で起こった事を述べよう。 12時、タイムマシンからカザックが出てきてカザックが2人になり、部屋にいるのが5人になった。1時、カザックがタイムマシンに入り、それと入れ替わるようにしてタイムマシンからアベルが出てきた。アベルが2人、あとは1人ずつになった。2時、ミゲルがタイムマシンに入り、入れ替わりにイワノフが出てきた。ミゲルがいなくなり、イワノフが2人になった。3時、イワノフがタイムマシンに入り、イワノフが1人になった。 4時、アベルがタイムマシンに入り、入れ替わりにミゲルが出てきた。4人が各々1人ずつになった。そして4時5分、タイムマシンが消滅した。 さて、今からこの4人の各々の証言を聞いてもらおう。それには各々の人形の前に立ち、額にある赤いボタンを押すのだ。各人は2つの事柄について述べる。1つは、誰がうそつきで誰が正直者かということについてである。もう1つは、自分が行ったタイムマシンの操作についてである。この中に1人だけ、タイムマシンの操作に関して、うそをついている者がいる。それが誰なのかを当ててほしいのだ。よくあるタイプのパズルだが、こういった問題の場合、うそつきは必ずうそをつき、正直者は必ず本当のことを言うことが前提となっているものだ。だがそれは現実的ではない。この問題ではうそつきだからといって常にうそをつくとは限らず、本当のことを言っているかもしれないということ、正直者もまた同様であることを前提として考えてほしい。 この問題に限って制限時間を設定させてもらう。10分が経過すると、この部屋は爆発する。答が分かったら青いボタンを押してくれたまえ。間違ったボタンを押した場合も、君達は爆死する。では、成功を祈る」 オルロフがしゃべり終えるのと同時に、部屋の向こう側にある鉄製の扉の手前の地面から台がせり上がってきた。その上には残り時間を示す電光掲示板と、4人の人物の名前が記された4つの青いボタンがあった。彼らの見ている前で、無情にも電光掲示板の数字が減り始めた。 「迷っている時間はないな。急ごう」 エリックは言って、農夫カザックの前に立ち、額のボタンを押した。人形の中にテープか何か仕込んであるらしく、農夫らしき声がしゃべり始めた。 「いんや、イワノフの奴あよう、神父のくせにありゃとんでもねえうそつきだあ。あいつの言うことは信用しねえ方がいいぞ。 あの箱が目の前にいきなり出てきた時はびっくりしたぞう。しかも12時になったら箱から俺が出てきやがった。俺たちゃたまげちまってよう。その俺は何聞いてもただニヤニヤしてやがんだ。そうこうしているうちに、1時になったから、まず俺から試してみんべ、つって箱ん中入ったんだ。操作のやり方はすぐ分かったよ。ダイヤルくるくるっと回すだけなんだから。そうすると液晶画面に1時とか2時とか出んだ。そいでとりあえず12時にしてレバー引いたんだ。そこで分かったね。さっき出てきた俺はこの俺だったんだね。で、俺おかしくってよう。何聞かれても教えてやんなかったんだ。楽しみがうすれっからな」 次にミゲルの前に立ち、ボタンを押した。 「夫のカザックはああ見えても正直者でね、絶対にうそだけはつかない人なのよ。イワノフさん? あの方も正直でいい人よ。アベルさんも正直者よ。こんな田舎だとみんな素朴でいい人ばっかり。もちろん私も正直者よ。私は2時にタイムマシンに入って2時間後の4時に行ったわ。でもそうすると私にとっての2時から4時までの時間って、どうなっちゃうんでしょうね? 考えると不思議だわ」 次にイワノフ。 「私は神父。絶対にうそは申しません。あの夫婦はどっちもとんでもない大うそつきですよ。ええ、カザックとミゲルのことですよ。アベルも大うそつきです。正直者は私だけ! 私は3時から2時に戻りましたよ」 そして、最後にアベルである。 「エヘヘ、商人のアベルでがす。わたしゃ正直者ですよ。イワノフはうそつきですがね。タイムマシンの操作についてですか? わたしゃ4時にタイムマシンに入って1時間前の3時に戻りましたよ。いや、どういう仕組みになってんのか知りませんがね。エヘヘ」 全員の証言を聞き終えた時、リサがため息をついた。 「なんだかとても難しい問題だわ。たった10分で解けるのかしら」 問題を正確に覚えているのはヨシダだけだった。もう一度人形達にしゃべらせるほど、彼らは呑気ではなかった。ヨシダはみんなの要求に答えて、オルロフや人形達がしゃべったことの要点を、何度も忍耐強く話した。 電光掲示版の表示が残り5分になったころ、エリックが「そうか、分かったぞ!」と言って、すたすたと青いボタンの前に歩いていった。 「お、おいおい、まだだいぶ時間はあまってるって!」 ビクターはおろおろした声を出した。 さて問題です。タイムマシンの操作に関してうそをついているのはだれでしょうか? 第3問の解答 エリックは迷うことなく4つのボタンのうちの1つを押した。電光掲示板のカウントダウンが止まり、出口の扉が「ゴゴゴゴ」という音をたてて開いた。 「すごーい、どうして分かったの?」 「まあ、どうせオルロフが解説してくれるさ」 と言って、エリックは歩きだした。4人が部屋を出ると同時に扉が閉まり、オルロフの声が響いた。 「おめでとう。どうやら第3問目も解けたようだな。君達の英知には感服する。約束通り君達を解放しよう。今日から自由の身だ。さて、第3問の解答である。人形はうそつきと正直者についての証言と、タイムマシンで自分が何時に行ったかについての証言をした。私は、前提条件として、うそつきであるにしろ、正直者であるにしろ、うそをつくかもしれないし、本当のことを言うかもしれないと言った。こういう条件のもとでは、誰がうそつきで誰が正直者かを決定することは不可能であることは、すぐに分かるだろう。 例えば、Aが、WBはうそつきだ。”と言ったとして、Aがもしうそつきなら、Bは正直者だという推論が成り立つのが普通だが、このような条件のもとでは、そのような推論もできないのだ。Aがうそつきだとしても、だからといってただちにBが正直者だとは決定できないのである。各人形のうそつきと正直者に関する証言をいくら検討しても無駄である。これは君達に無駄に時間を使わせるための罠だったのだ。Wタイムマシンの操作に関して、うそをついているのは誰かWというのが問題であった。単純に各人形のタイムマシンの操作に関する証言と、実際に部屋で起こったこととの矛盾点を探した者だけが、正解者だと言えよう。アベルは3時に戻ったと言っているのに、実際にタイムマシンから出てきたのは1時である。従って答はアベルである」 最後のパズル 「さて待望の出口についてであるが、このまままっすぐ進みたまえ。突き当たりの地点で、新たな指示を与えよう」 一同はよろこび、エリックの肩をたたきながら、歩いていった。これでやっと解放されるのだ。 突き当たりの20m程前に何かの仏像が立っていた。他のメンバーはそんな仏像は無視して歩いていったが、エリックだけは仏像の前に立ちどまった。エリックは少し考えこみ、靴のつま先で地面をこつこつとたたいた。次に仏像の顔をつぶさに観察した。そして、両眼が、赤と青のボタンになっていることに気がついた。 「エリック、何やってんの! 早く早く!」 リサの声に「ああ」と答え、エリックは走っていった。 一同が道の突き当たりにたどりついた時、オルロフの声が響いた。 「さて、今君達が立っている所がゴールである。そこから出る方法であるが、岩盤を爆破することによって出口を作る。全員仏像の所までさがりたまえ。仏像の眼がボタンになっている。その青い方のボタンを押すのだ。では、これでお別れだ。有り難う、なかなか楽しかったよ」 エリックは、リサのそばに寄り、コソコソと耳うちした。リサはうなずくと、スタスタと仏像の所に歩いていった。 「さ、私達も行きましょう」 とうれしそうな声で言うヨシダをエリックは制した。 「待ってくれ。大事な話がある」 ビクターとヨシダはキョトンとした。 「この中にオルロフがいる。それは君だ!」 最後の問題です。この4人の中にオルロフがいます。それは誰でしょうか? 最後の危機 仁王立ちになったエリックが指さす方向に、その人物の氷ついたような表情があった。 「い、いきなり何を言いだすんです、エリックさん!」 とヨシダが言うのに続いて、 「そ、そうだよ。あともう少しで自由の身だっていう時に、な、何言ってんだよ」 とビクターが言った。 エリックはオルロフの方をじっと見ながら、説明を始めた。 「いいかい、よく聞いてくれ。最初のパズルの解が俺達とオルロフとでくい違っていたことから、どうもこれはテープの声じゃないか、と気がついた所まではいいよな? オルロフは俺達が何を言おうがおかまいなしにしゃべり続けた。オルロフには俺達の行動や声が見えたり聞こえたりしていたとは、考えられない。 ではあのメモは一体何だったのか? あのメモはどう考えても、俺達の行動を見ていた人物が書いたとしか思えない。つまり、俺達がこのパズル洞窟に入る以前に、あらかじめ置いておかれたものではないんだ。そして俺達は最初に、生命探知機によって俺達以外には人間がいないこと、この洞窟は密室であることを確認した。おまけにメモの内容には、大鏡をどかすと通路があるとか、その先に赤い丸印があるといった、オルロフにしか知りえないことが書いてあった。 つまり、俺達4人の中にオルロフがいるということだ。そして第2のパズルで、あの赤い部屋にメモを置いたのは君だよ、ビクター! 君は太陽の分岐点で、左端の道を行くとみせかけて途中で戻り、真ん中の道を通って赤い部屋に行くと、急いでメモを書き、戻ってきて何くわぬ顔をしてヨシダが戻ってくるのを待っていたんだ。左端の道の先にある部屋の様子は、実際に行かなくてもオルロフだったら知っていることだったから君は、何の矛盾もなくヨシダに報告することができた。俺とリサにはそんなことは不可能だった。お互いが証人になるし、もし共犯だとしても、短時間の間に青い部屋へ行って人形をとってきて、赤い部屋へ行ってメモを置いてくるなんてことは不可能だ」 ビクターは怒って反論した。 「き、君は仲間を疑うのか! それに、君が言ったことは、ヨシダにも可能じゃないか!」 「ふむ、太陽の分岐点にどっちが先に戻ってきても、それは大した意味を持たない。だが、どっちがやったにしろ、そんな動きをすれば簡単にばれてしまう。生命探知機があればね。ビクター、君は第1のパズルで、俺達が予想外の解を見つけた時、非常に困ったはずだ。パズルを続行すべきか、それとも俺達がどくろを持たないまま第2のパズルに挑戦しようとして死んでしまうのを黙って見ているべきか? 君は続行する方を選んだ。だがそのためにはあのメモの内容を、俺達に知らせる必要があった。俺達に気づかれないようにな。だが変な行動をすればたちまち生命探知機でばれてしまう。だから君は、あの崖でわざと生命探知機を落としたんだ」 「ひ……ひどい! き、君はあれをわざとだというのか!」 「下手な演技はやめろ! じゃあ聞くが、君はヨシダが赤い丸印をふもうとした時にW黒こげになるぞ!Wと言った。どうしてそんなことが分かるんだい? オルロフのメモにはW即死する”としか書いてなかったぜ」 その時、ビクターの体のふるえがピタリと止まり、今までと全く違う低い声で笑いだした。 「フ……フフ……アハハ……アーハッハッハッ!」 エリックは彼の豹変ぶりに驚いた。 「エリック、君の頭脳には全く感心する。私は君達の英知と勇気をたたえ、このまま解放するつもりだった。だが正体がばれてしまった以上、君達を生かしておくことはできない」 ビクター、いやオルロフはポケットから小型のピストルを抜き出した。 「最初のうちは、隠しカメラで囚人達を見物することで満足していた。だがそのうち、それでは刺激が足りなくなってきたのだ。そして自分も囚人のふりをして参加するようになった。もちろん、万全の準備をととのえてね。例えば空気の問題にしても、君達3人が死んでも自分だけは死なないように、あちこちに酸素ボンベが隠してあるのだ。ちなみに、本物のビクターなる人物は、とっくに死刑になっているよ。リサ君、そんな所で何をやっている! 君もこっちへ来たまえ!」 リサは仏像を背にして立ち、手を後ろに回して何かもぞもぞとやっていたが、ビクターにピストルをつきつけられると、とぼとぼとこちらにやって来た。 「さて、諸君、残念ながらお別れの時が来たようだ」 オルロフは仏像がある方向に向かって2、3歩下がると、ポケットからとり出した小型のリモコンのボタンを押した。 オルロフとエリック達の間に、分厚いガラス板が降りた。ガラス板でさえぎられたが、どこかにスピーカーが仕込んであるらしく、オルロフの声が響いた。 「私はこれからあの仏像のボタンを押す。君達は爆死するのだ」 オルロフはスタスタと仏像の所に歩いていった。 「では、さようなら。なかなか楽しかったよ」 オルロフは仏像の青いボタンを押した。だがその時、ボコッという音がして、オルロフの足元の地面がくずれた。 「ウワアアアーッ!」 オルロフは深い深い落とし穴の底に落ちていった。 「いったい何がどうなったんです、エリックさん」 とヨシダ。 「あの仏像の近くを通りすぎようとした時、足元の地面に違和感を感じたんだ。靴でコツコツたたいてみると、どうもその下が空洞になっているようなんだ。何かある! 何か罠が! でもそれは一体何だ? あとはもう動物的な勘だったね。俺はリサにこう言ったんだ。Wビクターに気づかれることなく、あの仏像の青いボタンと赤いボタンを入れかえることはできるか”ってね」 「そんなことはおやすい御用よ」 と言ってリサはドライバーとペンチを見せた。 「結局、青いボタンが爆破スイッチで赤いボタンが落とし穴のスイッチだったわけだ。ま、人間、最後は運だね」 こうして3人は無事パズル洞窟を脱出した。3人は各々の分野で大活躍し、ついに政府を改革することに成功した。その後、彼らがどうなったか、私は知らない。 |