今日は、納期に遅れに遅れてやっと完成した製品、「AZ-08」の品質判定会議だ。
 これで合格の判定をもらわなければ、製品を出荷してはいけない決まりになっているのだ。すでにいくつかのユーザから注文が入っており、これ以上遅れるわけにはいかない。ここで品質が十分でないと判断されると、再び大量のテストをやり直させられるはめになるのだ。
 私と山田課長が席にすわると、テーブルの上にある三台のモニタに、三人の人物が映し出された。左から順番に、品質管理部の杉山係長、石田課長、そして我々開発部隊から「えんま様」とおそれられている加賀部長である。
 二十世紀には会議といったら、大量の紙の資料を用意し、実際に集まってやっていたそうだが、現代ではそんなことはやらない。このようにテレビ会議であり、資料は電子メールでやりとりされるのが普通だ。
「では、これより製品名"AZ-08"の品質判定会議を始める」と杉山係長が宣言した。「まず、そちらのメンバーの紹介をせよ」
「はっ! わたくし人工知能関連開発部係長、佐藤と……」
「課長の山田であります」
 次にえんま……いや、加賀部長が口を開いた。
「では次に、AZ-08とはどのような製品か説明せよ」
「はっ! これはユーザが希望する条件通りに動作するロボットであります。入力した条件によって飛行機のパイロットにもなり、あるいは普通の会社員にもなります。
 昨年末に発売されたバージョン1では、人工知能を搭載しておりましたが、このバージョン2では人工知能を越えた"人工実存"を搭載しております。
 ハードウェア部分はロボット開発部が開発したものでして、それに当部で開発したソフトウェア部分をのせたものであります。ハードウェアについてはハードウェア部門の品質判定会議ですでに合格しております」
「うむ、石田君、その記録を」
「は。これがハードウェア部門の品質判定会議の記録であります」
 真ん中のモニタの石田課長の顔が消え、代わりにリストがずらずらと表示された。
「うむ、ハードウェアの品質については問題なさそうだ」
 えんま様は満足したようだ。
「では、次に、人工知能関連開発部で行ったテストの結果を報告せよ」
「はっ! 実施したテスト項目数千項目に対して五十件のバグを摘出し、修正済みであります」
「その記録を表示せよ」
 私はキーボードをたたいた。三人の顔が消え、千項目のテスト記録がスクロールした。

 1.「1+1は?」という問いに対し、「2」と答えることができるか?
  結果:○
 2.飛んでくるボールをよけることができるか?
  結果:○
 ・
 ・
 ・

「うむ、では次に、最終段階のテスト状況を説明せよ」
 テストというのは、やり始めた頃にバグがたくさん出るもので、テストを重ねていくうちにだんだんバグが出なくなるものである。最後の方になってもまだバグがどんどん出るようだとまずいのだ。
「は。最後に行った三十項目のテストに対し、一件のバグが出ております」
「その三十項目とはどのようなテストか?」
「一般的なチューリングテストであります」
「それはどのようなものか。具体的に説明せよ」
「密閉された二つの部屋に、一方は人間を入れ、一方にはロボットを入れ、端末を通じて同じ質問をするのです。その回答を見て、質問者が、どちらが人間か区別できない場合合格とします」
「最後に出たバグの内容を説明せよ」
「はあ、それが……」
 私はいやだなあと思いつつも、言った。
「チューリングテストとは直接関係ないのですが、高温高圧という特異な条件のもとでロボット工学三原則の第一条を無視することが分かりました」
「ロボット工学三原則とは何か。分かるように説明せよ」
 私は簡単に説明した。
「第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。第二条、ロボットは人間の命令に従わなければならない。第三条、ロボットは自己を守らなければならない。の三つであります」
「それは修正済みか?」
「あの、それが……原因がよく分かりませんで、未修正であります」
「先程、五十件のバグは全て修正済みだと言ったが?」
「あ、いや、注意事項として説明書に記載しました。『高温高圧下で異常動作を起こすことがありますが、普通にご使用頂いている分には問題ありません』と」
「高温高圧とは具体的には何度何気圧のことか。数値で示せ」
「え?」
 私は金魚のように口をパクパクさせた。
「佐藤君!」
 小声で言って、山田課長がひじでつついた。
「はっ! 現在調査中であります」
「人間に危害を加えるというのは、重大な問題のように思えるが、具体的にはどうなるのか?」
「は。人間に過度のストレスを与えた時と同じ反応を示します。しかし、あくまで正常な条件下では起こりませんので」
「もうよい。では次に、実際の製品のデモを見せよ」
「はっ!」
「おーい、花子君、お茶」
 私が言うより早く、山田課長が声をかけた。人間と区別できないロボットの花子が、お盆に湯のみと急須をのせてやって来た。
 そして私と課長にお茶をいれた。
「お茶をいれるだけかね。他にはどんなことができるのか」
「あ、いや、これはこういう条件しか入力してないからでして。実際にはユーザが細かく条件を入力してやることによって様々な動作をさせることができます。例えばパイロットだったら機内アナウンスまでやりますし、会社員だったら家から会社まで通勤して、仕事をして、帰宅することまでできます」
「よろしい。杉山君!」
「は」
 左端のモニタの杉山係長が返事をした。
「品質管理部での確認はやってあるのかね」
「は。開発部から受けとったバグ修正済みの製品に対し、ブラックボックステスト百項目を行い、問題がないことを確認済みです」
「よろしい。では品質的には十分であると判断し、合格とする。ただし高温高圧の具体的な数値を調べ、一ヶ月後に資料を提出することを宿題事項とする」
「ではこれで品質判定会議を終了する。以上」
 杉山係長が宣言すると、三台のモニタの画面が消えた。
「ふーっ」
 私はため息をついた。
 とにかく、合格してしまえばこっちのもんだ。高温高圧の具体的な数値なんて知るもんか。そんなの、分かるわけがないじゃないか。
 私は早速ユーザにAZ-08を配送するよう、出荷管理部に電子メールで指示を出した。


 サラリーマン高野氏は、家の玄関から出ると、左手と左足、右手と右足をいっしょに出しながら、正確な歩幅で歩いていった。
 駅に着き、電車に乗った。真夏の満員電車は蒸し風呂のような暑さだった。おまけに周りの人間から、おしくら饅頭のようにぎゅうぎゅうと押されるのだった。
 高野氏は突然、「ヴォー!」という意味不明の言葉を発しながら、周りの人間をぽかぽかなぐり始めた。

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