不安定なつり橋の上で、青年は、コートに身を包んだ男にピストルをつきつけられていた。下を流れる恐ろしい濁流の音が聞こえる。その飛沫を何年にも渡って浴び続けてきたに違いない、橋を構成する木の板は、腐りかけているのではないかと思うほど古びていた。
「逃げ場はないぜ、山田太郎。またの名をサイコロボーイ」
 青年はまったく恐れず、愉快そうに笑った。実際、愉快だった。
「よくその名前を知っていたね。でも僕の呼び名を知ってるってことは、逃げ場がないのはあんたの方だってことも分かるだろう?」
「ふん! 口の減らないやつだ。サイコロで相手を倒すんだって? どうやったらそんなことができるのか、見せてもらおうじゃないか」
 男の右足がゆっくりと上がり、そして左足の前に下ろされる。足場がゆれる。
「幸運を武器にするのかね。すべてはサイコロが決める運命、とでも言うのかな? 六の目が出たら、俺の足元の板だけくずれて落っこちるのかな?」
「おしいね。でもだいたい合ってるよ」
 男がまた一歩、青年の方へと歩み寄った。橋がゆれる。古びたロープは今にもちぎれそうだ。そうなったら、二人ともはるか眼下の荒れ狂う流れの中にまっ逆さまだ。
「三が出たら、俺の銃が暴発するとでも言うのかな?」
「ちかい!」
 スリルは、青年をどうしようもなく楽しくさせた。全身の血の流れが速くなる感覚を一度味わうと、やみつきになる。彼はジーパンのポケットに手を突っ込んだ。
「それとも、二が出たらサイコロが爆発するのかな?」
 青年はにんまりと笑ってみせた。男の顔に一瞬、困惑の色が浮かんだ。だがその表情はすぐに仁王のようになった。
「さあ見せてくれよ、サイコロボーイ!」
 引き金にかけた人差し指がわずかに動くのが、青年の眼に映った。
「たあーっ!」
 彼は素早く、サイコロを放った。木の板と板の間のわずかなすき間から落ちてしまうのではないかとひやりとした。
 青年の唯一の武器は、跳ねながら進んでいき、男の靴に当たり、板の端ぎりぎりの所で止まった。隣の板との間のわずかな隙間から、水滴が跳ね上がる。
 彼は片膝をついて、出た目をみつめた。
「二だ」
「えっ!」
 男が油断した一瞬を逃さず、青年は男のあごにアッパーカットをぶちこんだ。
「うわあっ」
 男の体がロープの向こう側に飛んでいくのが、スローモーションのように眼に映る。
「なんじゃそりゃあああーっ」
 水面に男の体が叩きつけられる音が聞こえた。青年はサイコロを拾い、立ち上がった。
「ふん! サイコロで奇跡が起こるわけじゃないさ」
 彼はジーパンについた汚れを払い落とした。

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