「ひきょうな手を使いやがって。あれじゃあ別にサイコロじゃなくても何でもいいんじゃないのか」
 左腕に包帯を巻いた男は、ピストルを青年につきつけていた。
「あんたもしつこいねえ」青年は笑顔で答えた。「しかしよく助かったねえ」
 塔の屋上、六畳ほどの広さしかないその場所の端に、彼は追い詰められていた。ぎりぎりの緊張感が、彼を高揚させる。
「さあ、おとなしく設計図を返してもらおうか」男は一歩、彼に近づいた。
「何の事だい?」
「今さらとぼけなさんな。“時限爆弾”の設計図、どこに隠したんだ。誰が持ってる。お前か? お前のボスか?」
「僕にボスはいないよ」
 一定時間が過ぎると爆発的な勢いで増殖する細菌兵器、QWERTY-UIOPのDNA設計図が男の組織に渡れば、世界は恐慌に陥る。
「別に返したくなきゃ、それでもいい。お前を殺して、しらみつぶしに探すだけのことだ」
「返すさ。あんたにじゃなく、正式な持ち主にね」
 男の眉間に一瞬、しわが寄った。しかしすぐに元のポーカーフェイスに戻った。
「タブ博士にか。それともキャップスロックか。どちらに返したところで、ろくな事にならない。分かるだろう? 科学者に渡しても、政府に渡しても、悪用されるだけのことさ。元の持ち主である我々に返すのが、一番安全なのだ」
 笑わせやがる、と青年は思った。何人もの人間を殺して、横取りしておいて、元の持ち主もないもんだ。
「しらみつぶしに探すより、僕に聞いた方が早いと思うけどね」
「ほう、やっと言う気になったか」
 彼は唇をゆがめた。探し回っても簡単には見つからないぞという意味で言ったのに。頭の悪いやつだ。
「それじゃあ、サイコロで決めようか。白状するか、殺されるか」
「なんだと!?」
「偶数が出たら、白状する。奇数が出たら撃っていいよ」
 彼は手の平にサイコロをのせて見せた。男はちらと見て視線を彼の顔に戻した。厚い唇が三日月のように曲がった。
「ほほう。今度こそサイコロボーイの名にふさわしい、技を披露してくれるのかな? しかしどんな手を使う気だい? 偶数が出ても奇数が出ても、お前にとっては不利だぜ」
「それは見てのお楽しみ!」青年は手を握った。
「おっと」男は銃口を上げた。「またぶん殴られちゃたまらないからな」
 そう言って男は、後ろに下がっていった。
「さあやって見せなよ、サイコロボーイ!」
 青年は手を振り上げた。
「やあーっ!」
 レンガ敷きの床に硬い音を響かせながら、サイコロが跳ねていく。それは男の足元で止まった。男は銃口を彼に向けたまま、頭を下げた。
「二だ」再び上げた顔に、満足そうな笑みが浮かんだ。「約束だ。白状しな、サイコロボーイ」
「うーん、そうだねえ」青年はあごに手をあてた。「それはねえ」
 その時、小さな爆発が起こった。男の表情が驚愕に変わるのが、一瞬だけ見えた。
「わあっ!」
 あっという間に男の姿が床の向こうに消えた。
「俺が言ったこと真似すんじゃなあああーっ!」
 青年は、床の上にできた黒いこげ跡を見つめた。
「あんたのくだらないアイデアを実現するために、わざわざ全部二の目のサイコロを作ったんだ。爆弾入りだから、結構金かかったぜ。有り難く思いなよ」
 彼は垂れた前髪をかき上げた。

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