鈍く光る銀色の扉がスーッと横に開いて、三人の宇宙服を着た男達がフワフワと降りてきた。
「ひでえ事になったな」
 隊員のうちの一人、ブライアンはそう言うと、振り向いて、水槽タンクのような宇宙船を見上げた。
 着陸の際に突如計器が狂い出し、不時着を余儀なくされたのだ。故障した部品を修理するためには、ここから七キロも離れた仮設キャンプまで行って道具を取って来なくてはならない。
 ろくに調査もされていないこの未知の惑星を七キロも歩くのは、非常に不安である。ブライアンはため息をついた。
「キャンプは、無事かな」と、タカハシがつぶやく。「空気が漏れてなきゃいいが」
 そのキャンプというのは、前にこの星に来た調査隊が設営したものである。その調査隊は突如として連絡をたち、その後の消息が不明となったのだ。三人の任務は、彼らがどうなったのかを調べることである。
 二キロほど歩いただろうか。ジェレミーが突然大声を出した。
「おい、見ろよ!」
 やわらかい質の土の上に、くっきりと、複数の人間の足跡がついていた。それは、彼らの右の方からのびてきて、彼らの前でゆるくカーブを描きながら曲がり、ずっと前方へと向かっているのだった。あきらかに前の調査隊の足跡だ。
「これをたどっていけば、キャンプに着けるぜ」とブライアンが言った。
 ところがしばらくたどっていくと、足跡は忽然と消えていた。複数の足跡が一斉に、である。
「どうなってるんだ」ジェレミーは眉をひそめた。
「前の調査隊の最後の報告を知ってるか?」ブライアンは、いきなり、何の脈絡もない事を言った。
「たしか、キャンプの周りの地形の調査報告だったと思ったが?」
「そのもっと後さ。本当の最後の最後、こう言ったんだそうだよ。W消えるW、と……」
 三人の間に沈黙が訪れた。と、突然、タカハシは周りをキョロキョロし始めた。
「どうした?」というジェレミーの問いに、少し女性的なところがある、感受性の強いタカハシは答えた。
「誰か……見てないか?」
「おいおい、脅かさないでくれよ」ジェレミーはぶるっと体を震わせた。


 三人は、大雑把にしか書かれていない地図を頼りに、なんとかキャンプにたどり着くことができた。キャンプとは言っても、ちゃんとした家屋のような作りになっている。ベッドのないビジネスホテルの室内といったところだろうか。
 空気が漏れていないことを確認し、彼らはヘルメットを脱ぎ、四年近くもそこに淀み続けていた空気を吸った。少しかび臭い。
 その時である。今度は三人ともそれを感じた。
 ……誰かが、見ている。
「おかしいな。人の気配を感じるんだが……」室内を見回すジェレミーに、ブライアンが言う。
「この星にいる未知の存在が、案外俺達のそばにいるのかもしれないぜ」
「じょ、冗談はよしてくれ!」ジェレミーは本気で怒った。
「ひょっとすると、前の調査隊が消えたことと関係があるのかも……」 
 ただでさえ白いタカハシの顔が、今はさらに青白くなっている。
 宇宙船の修理は明日から行うことにして、その日は簡単に周辺の調査を行なった後、たっぷりと休憩をとった。だがその間中、ふと気をゆるめると、何者かの視線を感じてしまい、まったく落ちつくことができないのだった。三人は早々に八時間の睡眠に入った。
 翌日、目を覚ました彼らは、道具をかついで宇宙船へと引き返していった。
 一キロと歩かぬうちに、再び例の視線が気になり始めた。ジェレミーがぼそぼそとつぶやくように話す。
「やはり、この星には、透明人間みたいな未知の生物……か何か知らんが……がいて、俺達のことをずっと見てるんじゃないかな。前の調査隊も、その未知の存在の、我々の想像もつかない未知の力によって、消されてしまったんじゃないのかな」
 今度はブライアンがぶるっと体をふるわせた。
「人の気配がするってのは、いわゆるW第六感Wってやつだろう? そんなもん、案外当てにならないんじゃないのかね」
 しかし、歩けば歩くほど、視線のもたらす重圧は耐えがたいものになっていき……
「あいつは、いる!」
「どうしたんだ、タカハシ!」
「さっきジェレミーが言ってたじゃないか。あいつは、未知の力を使って、俺達を消すつもりだ!」
「しっかりしろ、タカハシ!」ブライアンはタカハシの肩を揺さぶった。しかし、タカハシの虚ろな眼は、ブライアンを見ていなかった。その向こうにいる、未知の存在を見ているかのようだった。
「に、逃げるんだ!俺達、やつに消されちまう!」タカハシは逆にブライアンの肩をつかみ返した。
「やつはもう、力を使おうとしている! 頼む! 消さないで……」
 もはや、手遅れだった。もちろん、例え逃げたとしても、その力から逃れることはできなかっただろう。最後に、三人は、自分達を取り巻く風景が、スウッと消えていく様を、わずかに見ることができた。


 男は寝つかれず、スナック菓子を食いながらテレビを見ていた。もう夜中の三時を過ぎている。その奇妙なSF映画らしき番組を見ているうちに、ようやく眠気が訪れ、リモコンのボタンを押してテレビを消した。はて、何という番組だろうと新聞のテレビ欄を見たが、日曜日の三時過ぎだというのに、まだ放送を続けているチャンネルはなかった。

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