「あっ」六平は驚いて天井を見上げた。
 部屋の中が、真っ暗になった。
「あれ? 何か電力を食うもの、使った?」二十六になる息子の浩二が言った。
「やっだ。怖いー」いまだにコギャル口調がなおらない浩二の妻、優子は夫に身をすりよせた。
「あら、変ねえ。電子レンジも使ってないし。テレビくらいじゃないの?」六平の妻、房絵はほおに手を当てた。
「母さん」六平はなかば、怒るように言った。
「はいはい」房絵は立ち上がり、感覚に頼って台所へと歩いていく。
「母さん!」六平は再び、叫ぶように言った。
「今探してますよ」房絵は戸棚の中を探った。「ないわ。お父さん、懐中電灯どこでしたっけ」
「まったく。しょうがないな」六平はひざに手をつき、立ち上がった。やはり感覚に頼って、台所へと歩いていく。
「あの、父さん……」浩二は六平がいるであろう方向に向かって手をのばした。
 まったく。金がなくなると帰ってきおって。あの、ガングロとかなんとかいう言葉を使う嫁まで連れてきおって……。六平は心の中でぶつくさとつぶやいた。
「ああ、これか」六平はようやくブレーカーまでたどりつき、スイッチをいじった。だが、明かりはつかない。
「漏電とかしてる? そうじゃなかったらブレーカーいじってもだめだよ」真っ暗な中、浩二は六平に向かって言った。「たぶんこの辺一帯、みんな停電になってるんじゃないかな。電力使うもの、使ってないだろ?
「やっだ。みんな停電?」
 六平はいくつかあるスイッチを、手探りで上げ下げした。しかし変化はない。
「なんだこれは。浩二、知らんか」六平は振り向いたが、だれがどこにいるのか分からない。
「電線がどっか、切れたんじゃないかな。こりゃしばらくは、なおらないぞ」浩二は他人事のように言った。
 六平の目が、少しだけ暗闇に慣れてきた。ぼんやりと妻の後姿が見える。懐中電灯? はて、どこだったかなと、六平は思った。第一、最後に電池を入れ替えたのはいつだったか……。

       *       *       *


 浩二は胸ポケットから煙草とライターを引っ張り出して、さらに箱から一本抜き出して、火をつけた。
 カーテンを通して窓から入るわずかな月の光を受けつつ、煙が拡散していく。
「浩二、それ貸して」房絵は浩二のライターを指差した。
 受け取ったそれを、丸い鉄をすって火をつけ、テーブルの上にかざす。
 ぽっと、ライターから移された炎がゆれた。そして二つめの炎が。三つめ、四つめ……。
「クリスマスケーキに、ろうそく立てるんだっけ」浩二は煙をまっすぐにふきだした。
「うわあ、きれい」優子は両手を合わせてあごに当てた。
「お、いい感じだな」浩二はまだだいぶ残っている煙草を、炎が映るガラスの灰皿にすりつけた。
「ロマンチックうー」優子はケーキに顔を近づけた。
「メリークリスマス!」浩二はおおげさに手を打ち鳴らした。その顔は笑みで満たされていた。
「浩二、クラッカーは?」房絵はケーキの上のろうそくのすべてに火をつけ終え、さらにテーブルの上の二つの大きめのキャンドルに火をつけた。
「おっ、そうか。忘れてた」浩二は背後のビニール袋をつかみ、ひとつずつクラッカーを取り出しみんなに配った。「ではあらためて。メリー、クリスマス!!」
 はじけるような音が次々と鳴って、いろとりどりの紙が宙を舞った。 
 優子はケーキの上でゆらめく炎を、一気にふき消した。二つのキャンドルの炎だけが残った。
「お前の誕生日じゃないんだぞ」浩二は言った。
「いいじゃないか」六平は優子にかわって言葉をかえした。
「いいの、いいの」房絵はろうそくを一本一本抜き取り、ケーキを十字に切った。
「さあ、頂きましょう」房絵は切り分けたケーキを六平の皿に盛った。そして優子の皿に、浩二の皿に、最後に自分の皿にのせた。
「うわあ、おいしそう」キャンドルに照らされた優子の顔の二つの目が、三日月のようになった。
「こういうのも、おつなもんだな」浩二は照れたように言った。
「親におこづかいねだるの、いいかげんやめなさいね」房絵はライターを浩二に返した。
「母さんもぬかづけばっかり作ってないでさあ……」

 サンタさん、ありがとさん、と、六平は心の中でつぶやいた。

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